蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十六章 潜入(1)  
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 夜の闇を切り裂くように馬を走らせる。ほどなく隊を見つける。ミナスの村より南に少しばかり、彼らは移動していた。非常識な真夜中の訪問にも関わらず、隊は彼らを歓迎した。ぐっすりと眠っている者まで起き、一人一人が彼らの肩に額を寄せ、再会の喜びを示した。リーマはとても喜んだ。ひょっとしたら、また騎士様に会えるかもしれないと、長にこの道を選ぶよう頼んだかいがあった、そう言って笑った。
 長は、二人が多くを語る前に、協力を約束した。明日の朝早く、出発しよう。昼過ぎにはハンプシャープに達し、町が我らを受け入れるのを待とうと。
 では明日、と感謝の言葉もそこそこに、ユーリ達はとって返した。その足で、よほど良い夢でも見ているのか、仄かに笑みを浮かべながら眠るコルトを叩き起こす。まだ思考が十分に働かないうちに、有無を言わせず宴を催すことを承諾させると、すぐにその手順の取り決めに入った。
 キャノマンの民の訪問に、ユーリ以下、少なくとも数十名の兵士をあてて歓迎しよう。そして彼らを町の中に、さらには宮殿内に招き入れる。貴人並みの客人として彼らをもてなすことで、我々が王の法を忠実に守っていることを強調するのだ。その上で、フィシュメル側と交渉に入る。その場合、反論の余地を与えぬよう、あらかじめ細かな約束事を決めておくのが望ましい。
 まず、場所はどこか。本殿内で開くことは承知しないであろうから、中庭が最も良いだろう。そこに国妃を招くのか。いや、これは難しい。やはり、バルコニーにお出ましになることを勧めるのがよろしかろう。とすれば兵は? 相手の手の届かぬところに配備したまま、国妃のお姿を拝むのは虫がよすぎる。兵の大半は武器を外して、中庭に集めるのが最良の策だ。ただしこれは、フィシュメル側も同じ。国妃の側に若干の兵は残さねばならないであろうが、後はみな、中庭に集まってもらうのが筋であろう。しかしそれでは、いくら武器を排したとしても、物々しすぎる。町の者達にも中庭に席を設け、場の雰囲気を作るのがいいだろう。
 そこまでのことを、日が昇りきる前に決めると、コルトはそれを文書にしたため、ユーリ達はキャノマンの隊の出迎えに宮殿を出た。そして全ては首尾通り運び、ついに国妃より承諾のお言葉を賜ったのだ。
「さて、ここからの詰めが問題ですね」
 コルトの部屋を出るなり、フレディックが囁いた。
「この宴を次なる交渉の嚆矢とするか、それともこれが最後の好機と見るか」
 扉の側を離れ、廊下を歩きながらユーリも囁く。
「確実性をとるなら前者、事を急ぐなら後者」
「ええ」
「そして、僕らには時間がない」
「では、その方向で」
 頷きながら、フレディックは言った。
「動きやすいよう、我々は末席を用意してもらいましょう。そして、宴が盛り上がった隙をついて」
「うん。でも、それは……」
 ユーリは歩みを止めて、フレディックを見た。
「一人で十分だ」
「……えっ?」
「二人とも抜けるより、一人だけの方が目立たない。見咎められたとしても、残った者が適当に言い訳することもできるし。何より、相手側の印象が違う。二人より一人の方が、より警戒心を薄めてくれるだろう。だから、僕一人でやる」
「しかし」
 フレディックは釈然としない表情を、その顔に浮かべた。
「いくらほとんどの兵士が中庭に集中すると言っても、本殿には少なくとも十数名ほどは残るはず。そしていずれも、選りすぐりの腕の持ち主ばかりとなるでしょう。ただ突破するだけでも難題であるのに、それをことごとく、他の者に気付かれぬよう倒すとなると」
「僕じゃ……頼りない?」
 少し上目遣いで、ユーリは微笑んだ。
 強い、笑顔だ。
 フレディックは思った。そこに、確かな輝きを感じる。だが、自信に満ちたという表現は、当てはまらない。そこに高慢さ、傲慢さの欠片はない。ただ揺らぎなく、どこまでも透明な、そういう質の強さがある。それが、たちまちのうちに見る者の心を癒すのだ。暗黒を照らす光のごとく、心をくぐもらせる霧を払う。そういう力を持つ笑顔。
 フレディックは、その笑顔につられるように微笑んだ。
「正直、不安です。ですが、あなたなら、必ず成し遂げられるという気持ちもあります」
「フレディック」
「分かりました、ユーリ。これは、あなたに任せましょう。無事、ウルリク様を本殿からお連れ申し上げて下さい」
「うん」
 ユーリはにっこりと笑った。フレディックの不安が、また少し薄められる。
 全ては、明後日に。
 互いに無言で決意を交わし、二人は再び歩き出した。

 

 
 
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