蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十七章 キリートム山の誓い(1)  
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 <キリートム山の誓い>

      一  

「よく来てくれた」
 キリートム山の洞窟で、アルフリートはブルクウェルの偽王と同じ言葉をシオに言った。だが、その後の行動は違っていた。
 側に駆け寄る。右手でシオの手を取り、左手をそこに添える。そして微笑む。その笑顔が、一瞬にして少年の頃まで時を遡る。
「よく――来てくれた」
 自ら光源を持つかのように輝く蒼い瞳が、シオを見つめる。そこに鋭く澄んだ色を見出し、シオは好ましい笑みを浮かべた。深く、頭を垂れる。
「スティラの約を、果たしに参りました」
「ふっ」
 アルフリートの表情が、さらに緩む。
「随分と割の合わぬことを言って、すまない」
「なんの、約は約ですから」
 淡々とそう返すと、シオは顔を上げた。
「それにしても、驚きました」
「ん?」
「道々聞いていた話とは、少々違ったお姿なので。これでは、ブルクウェルの王と、見分けがつきませぬな」
「そうだな。区別するためには、傷付いたままであった方が、良かったのかもしれぬが」
 アルフリートの顔に、深刻な厳しさが過る。
「いろいろ、あったのだ」
 知恵者の目が、きらりと光った。アルフリートが信頼してやまない、頼もしい輝きが立ち昇る。
「では、そのいろいろとやらをお聞きしましょう。今、すぐに」


 ロンバードは、簡素な丸太の椅子に座り、大きく息を吐いた。目を閉じ、押し黙ったまま腕組みをする。揺れる松明の明りが、その横顔を照らす。
 フレディックは項垂れた。そして、呟くような声を吐く。
「申し訳ありません。私の力が及ばず――」
「何を言う」
 即座にロンバードが窘めた。優しい目で、じっとフレディックを見る。
「たとえ私が行ったとしても、同じ結果に終わっただろう。いや、私であれば、いまだウルリク様にお目通りも叶わず、ハンプシャープの離宮で途方に暮れていたかもしれん。貴殿は本当によくやってくれた。ユーリ殿も。何より陛下が、そう仰せられたのであろう?」
「はい」
 フレディックの表情に、わずかばかり光が射す。
「ウルリク様をお救いすることができなかった私達に、陛下はねぎらいのお言葉をかけて下さいました。フィシュメル王への手紙の入った小箱をお渡しすると、微笑まれ、よくやったと。ですが――」
 フレディックの声が俯く。ロンバードが、代わりにそれを受けた。
「ご心中、察するに余りある」
「はい……」
 沈痛な色を瞳に浮かべ、フレディックは頷いた。ロンバードの目が細る。
 悪いことをしたと、反省する。王のお心を思い、ついその気持ちが顔に出た。誰よりもそのことで心を痛めているであろう、この若者の前で。
 ロンバードは立ち上がり、深く柔らかな声を出した。
「だが、それは無論のこと貴殿らのせいではない。それに、まだ終わったわけではなかろう」
「閣下」
「必ず、また機は訪れる。いや、無理からにでも、シオ殿がその機を作って下さるはずだ。今は、それに備えることだけを考えれば良い」
「……はい、閣下」
 フレディックの瞳が、明るく輝く。その光に、ロンバードは自分の心が強く照らされているのを意識した。


「じゃあ」
 テッドはそう言うと直に腰を下ろした。堅い岩盤の感触にも、大分慣れた。傍らに立つ、ミクを見上げる。
「俺が今、何を考えているか、分かるわけ?」
「いいえ、さっぱり」
 洞窟の壁に背を預けながら、ミクは答えた。
「ひょっとすると、この力には相性があるのかもしれません」
「っつーことは」
 テッドはぽりぽりと頭を掻いた。
「あの女みたいな顔の策士様とは、気が合うわけだ」
 ミクは片眉を少し引き上げた。
「なんだか、妙な言い回しですね」
「そうか? 別に」
「まあ、どうでもいいですけど」
 ミクは引き上げた眉を下ろしながら言った。代わりに、唇が少し弧を描く。
「レンツァ公とは、まったく気が合いませんでした。もし、気の合わないものの思考が飛び込んでくるというのであれば、テッド、あなたの気持ちも詳細に分かるはずなのですが」
「……お前さんねえ」
「どうやら、相性は関係がないようですね。単純に、コントロール力の問題でしょう。自分ではまだ、どう力を使っているのか、使えば良いのか、分かっていないのです。ガーダのようには、いきませんね」
「意識を外へか……」
 小さくテッドは首を振った。
「俺にはさっぱりだな。ユーリは大分、コツをつかんできているみたいだが」
「そうなのですか?」
「もちろん、あんな化け物じみたことはできないようだが」
「その化け物に」
 ミクは表情を少し堅くした。
「助けられた」
「ああ」
 しばしの間、時が止まる。互いに思考を自分の記憶の中に向け、沈黙する。ようやくミクが、声を出す。
「少し、認識を変えなければなりませんね。ユーリが聴いたエルフィンの歌のこともありますし。一部の人々の話だけで、全てを判断するのは危険です。大きな間違いを、犯しかねない。それを避けるためにも、部外者である私達は、極力傍観者でありたいところですが」
「そうも言ってられねえしな。船の中でじっとしているならともかく、動く以上、何らかの関わりは持つことになる」
「ええ」
 ミクは頷いた。
「何より、真実を見定めるためには、その中に飛び込むしかありませんから。まずはビルムンタルのガーダ。彼の言葉の真意を、探さなければなりません」
「塔と鍵ってやつか。塔はそのままの意味でいいんだろうな。あのガーダがいた塔と、それからアルフリートが閉じ込められていた塔。五つのうちの二つ。問題は、鍵の方だ。鍵なんて、拾ったか?」
「こちらは、そのままの意味ではないのでしょうね。ガーダの言葉通り、すでに私達がその幾つかを手にしているとすれば」
「う〜ん、分からん」
「結局のところ」
 ミクは壁から背を離した。
「地道に調べて回るしか、方法はないようですね。もっともまだしばらくは、自由に動けそうにありませんが」
「長い旅になりそうだな」
 無精髭の伸びた顎を、右の掌に収めながらテッドは呟いた。
「第二親善使節団が派遣されるのと、どっちが早いだろう」
「そうですね。要所要所に設置した外宇宙通信システムが、問題なく作動していると仮定するなら」
 細い顎を少し傾げて、ミクは続けた。
「宇宙船エターナル号の異変を知るのは、ざっと今から五百日後といったところでしょうか。それから事態の分析をし、対策を立て、私達の救助を兼ねた使節団がここに到着するのは……まあ、分析にどのくらいかかるかにもよりますが、最低でも三年は要するでしょうね。運が良ければ、五、六年で助けが来るかもしれません」
「やってられんな」
 テッドは肩を竦めた。
「よし、あまり先のことを考えるのは止めだ。とりあえず目前のこと。とはいえ、こっちも面倒なんだよな。フィシュメル王に手紙を届けるのはいいとして、その後はどうする? 最終的には、ブルクウェルの偽王を何とかするしかないだろう。だが、そうなると……って、おい」
 テッドは立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「少し、外の空気を吸ってきます。目前のことは、専門家に任せましょう。あの、策士殿に。私達では、知らないことが多過ぎますからね」
「専門家ねえ」
 疑わしげに首を捻るテッドを見て、ミクは笑った。

 

 
 
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