蒼き騎士の伝説 第二巻                  
 
  第十七章 キリートム山の誓い(2)  
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「責任……重大だな」
「それだけ、やりがいがあるとも言えますが」
「うん、そうだね」
 ミクの声を受けて、ユーリが頷く。柔らかく気負いのないその口調が、穏やかに周囲の緊張を溶かしていく。微笑を浮かべ、ミクが言った。
「何はともあれ、急いだ方がいいということですね。すぐにここを発ちましょう。とは言え、一体どこをどう目指せば良いのか。道案内が必要ですが」
「それなら」
 ずっと事の進行を、黙したまま見ていたリンデンが、太い声を出す。
「途中までで良ければ、ここにいるレンダムをつかせよう。キュル山の峰まで。その先に見える、一番高く聳える山が、スルフィーオ族の住処だ。できることなら、その場所まで送ってやりたいが。わしらのうち、誰もキュル山の先へ行ったものはおらぬのだ。何よりスルフィーオ族は、他種族との関わり合いをひどく嫌うからな。レンダムがついていっても、かえって邪魔になるやもしれんし」
「分かりました」
 冴えた声でミクが答える。
「それで結構です」
「では」
 ロンバードが立ち上がる。
「私は陛下と――」
「いや」
 アルフリートの右手が上がる。
「そなたとフレディック。二人はシオと行動を共にしてもらう」
「シオ殿と? では、陛下は」
「私が共に行く」
 ロンバードの目が、大きく見開かれる。その巨体を見据えたまま、絶句する。
「何だ。私の腕を疑うのか?」
「……い、いや」
「他にジュカス、そしてタークゥムも連れて行く。何も心配はない」
 そういう意味ではない……。
 ロンバードはかろうじて、その言葉を胸の内に止めた。
 確かに、オラムはエルティアランからの脱出に手を貸してくれた。何より、王のこうしたお姿を拝めるのも、彼女の尽力のお蔭だ。だが、オラムはラグルだ。ラグルなのだ。血で血を洗う、そういう歴史を繰り返してきた相手。その厚い壁を超えることができないのは、私が年を取り過ぎているからなのか。現に……。
「歴史的な瞬間に立ち会えなくて残念です。キーナスの王が、ラグルと共にサルヴァーン城に入城する。叔父やドレファス将軍の、驚く顔が見たかったのに」
「そなたに代わって、私がしかと見届けよう」
 シオの軽口に、アルフリートは笑って答えた。
 軽く、ロンバードは身震いをする。
 キーナスは今、長い歴史の中で、最大級の危機に瀕していると言えるだろう。だが、その危機が、大きな変革を齎す起端であるように思えてくる。若き王達の姿を見ているうちに、沸々と胸にたぎるものを覚える。
 これは、老いぼれの幻想であろうか。それとも、迫り来る困難からの逃げであろうか。そのいずれかか、そのどちらもか。それとも……。
 ロンバードは、その答えを見出さんと視線を巡らした。ユーリの上で止まる。
 不思議な若者だ。分かったと一言呟いただけで、我らに力を与えた。そうだねと相槌を打っただけで、我らから不安を取り除いた。
 この作戦の核に、彼がいる。彼の仲間達が。ラグルも協力してくれる。フレディックという若い騎士もいる。何より、この作戦を立てたのは、あのシオ殿だ。アルビアナ大陸きっての、知恵者。そして……。
「よし、では」
 すっとアルフリートが立ち上がった。全員がそれに倣う。
「これは、キーナス騎士団の慣わしであるから、合点のいかぬものもあるだろうが」
 清とした微笑をその口元に浮かべながら、アルフリートはするりと剣を抜いた。それを地面に突き立てる。そこに右手を乗せる。
 シオの白い手が、その上に重なった。ロンバード、フレディックの手も、順に合わさる。少し間を置いて、ユーリ達が続き、ラグル達の手も添えられる。
 全ての手が、一つとなった。凛とした響きが、アルフリートの口から漏れる。
「一なる心が、必ずや我らを導きたもう。友よ。再びこの剣の元に集わん」
「剣の元に」
「剣の元に」
 そう……。
 キーナスには、この王がいる。アルフリート王が。
 ロンバードは胸が熱くなるのを感じた。今度ばかりは命を賭けることになるかもしれぬと、シュベルツ城を出た日のことを思い出す。今もその気持ちは変らない。だが、その時と今では状況が違う。その対象が違う。それが、喜びとなって心を湧き立たせる。
 ロンバードは力強く唱和した。
「剣の元に」
 きらりと黄金の髪が翻る。
「ブルクウェルで会おう」
 そう言い残し、踵を返したアルフリートにオラム達が続く。
「それでは、我々も」
「はっ」
 シオの言葉に、ロンバードとフレディックが従う。と、そのフレディックが歩みを止め、ユーリを振り返った。
「では、ブルクウェルで」
「うん」
「それと――」
「分かってる」
 漆黒の瞳が、星を纏う。
「次は、必ず」
 フレディックは力強く頷いた。そのまま、走るように去る。
「さあてと」
 テッドはぐいっと両腕を上に伸ばした。
「俺達も行きますか」
「待った」
 リンデンの声がかかる。
「その前に、お前達に持たせるものがある」
「持たせるもの?」
 ユーリの問いに、リンデンは目を細めながら言った。
「その格好でセルトーバ山を上るのは無理だ。あそこは夏でも雪が絶えない。今の時期、山の季節は早いからな。もう、かなりの深さとなっているはずだ。手頃な防寒具を見繕っておいたから、それを持って行け」
「ありがとう」
 ユーリの笑顔に、リンデンの表情がさらに緩む。
「まあ、気をつけて行け。レンダム、しっかり案内してくれよ。シッ、ガリア、ルンジャ」
「ルス!」
 レンダムは短く答えると、顎を動かしユーリ達を促した。最後の一行が、長の部屋を後にする。
 リンデンは椅子に座し、腕を組んだ。そして空になった、十脚の椅子を眺める。
 まだ、余韻が残っている。踊るような高揚感が、胸の中を駆け抜ける。
 リンデンは瞼を閉じた。窪んだ目の上の額に刻まれた皺が、わずかばかり細くなる。そのまま静かに息を吸い込む。つい先ほどまで、この空間を占めていた者達の匂いを、大きく膨らませた鼻の奥ではっきりと感じる。一体としてではなく、一人、一人。それぞれの決意を秘めた表情が、そこにまざまざと浮かぶほど、明確に感じる。
 ふと、足りないものを覚え、リンデンは目を開けた。頭の中で、十脚の椅子の間に、もう一つ椅子を並べる。
 新しい風を感じる。何かが大きく変ろうとしている。お前と一緒に、それを見れぬのが残念だ。

「ギ、ガンデ、ロマルト……ヌアテマ」

 松明の火がゆらりと大きく一つ揺れ、真紅の火の粉を散らした。

 

第二巻、完。第三巻に続く。

 
 
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