蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第十八章 それぞれの道(1)  
               
 
 

 ルーフェのことは、話だけでしか知らない。ラグルと同じように、人とは異なる種族の盗賊団であるが、キーナスにはいない。良かったと思う。ラグルも歓迎できぬ相手ではあるが、ルーフェはさらに性質が悪い。
 単純な力は、ラグルの方が優れている。組織力も、やはりラグルが上だ。にも関わらず、ルーフェの方を忌む理由はただ一つ、その残忍性だ。ラグルは滅多なことで、人を殺めたりはしない。取るものを取れば、さっさと引き上げてしまう。無論それは、彼らが人間に対して情を持っているから、などという理由ではない。ただ単に、無益な殺戮が、反撃となって自分達を窮地に追いやることを、歴史から学んだ上での判断だ。
 理由はどうあれ、ラグルは好んで人を殺すようなことはしない。それに今、彼らとの関係は、新たな局面を迎えている。共に力を合わせている。仮にそれが、より大きな脅威を振り払うための、一時的なものであったとしても。そういう智恵なり意識なりを、ラグルは持っている。
 しかし、ルーフェは違う。狙った獲物は、必ず殺す。喉に噛みつき、腹を裂き、切り刻んで滅ぼす。その結果、何が起ころうが、彼らは気にしない。どうなるのかなどと、想像すらしない。彼らにとって敵とは、その辺に転がる石と同じだ。石が邪魔なら払えばいい。何度それが繰り返されようと、その度に蹴散らせばいい。
「右に回り込まれた。みな、左へ!」
 また、方向を変える。一番左を走っていたロンバードがすっと下がり、右端へと移動する。他の者には、ただ一様な闇にしか見えない空間の中に、ロンバードは一人、確かな気配を感じていた。
 意識を集中する。数を確認する。普通ルーフェは、三、四人で行動する。
 右に三、少し遅れて、後ろに……四? まさか、別の集団か?
 ロンバードの眉間に、深い皺が寄る。
 間違いない、確かにいる。敵は全部で七……。
 見えている、と言ったら嘘になる。何かが聞こえている、というのも、間違いではないが確かなものではない。ただ、かつて二度ほど対峙した経験と、その他数多の修羅場で培われた勘とが合わさって、ロンバードにそれを知らせた。
 右の気配が、後ろに下がった。また、左に回り込む気か。
 ロンバードはそれに合わせ、再び自分の位地を変えた。集団の左端、シオの横に並ぼうとしたその時、目の前が開ける。
「よし」
 と、小さく唸る。速度を落とし、シオとフレディックの背を見送る。来た道に向かって、斜めに馬を構える。そして素早くその場に降り立つ。
 このロンバードの行動が、追跡者にわずかばかりの圧力を与えた。そのまま森から飛び出すことを、躊躇わせる。ほんのしばらく、時が固まる。
 その間に、シオとフレディックは川の縁まで辿りついた。落ちるように馬から降りる。フレディックの手からシオへと、ティトの小さな体が移される。
「旦那ぁ……」
「大丈夫だ。お前は私が守る」
 そう言うと、シオは懐の短剣を握り締めた。その前で、フレディックがするりと剣を抜く。
 乏しい光の中、背後で確かに刃が煌いたのを見届けると、ロンバードは前方を見据えた。傍らの馬に手を伸ばす。強く、その尻を叩く。
 激しい馬の嘶きが、ルーフェ達に時を戻した。揃って森から飛び出る。ひらりと剣を抜き、ロンバードが怒鳴る。
「シオ殿の側を、離れるでない!」
 思わず前に駆け出そうとした、フレディックの足が止まる。同時に、ルーフェ達も。言葉と共に放たれたロンバードの気が、辺り一帯を縛る。
 空間が、張り詰める。そのまま結晶化するような錯覚を覚える。構えた剣をそっと引けば、きりきりと高い音を立てそうだ。
 フレディックは目を凝らした。すでに翳った大地の上で、唯一はっきりと見えるのは、横一列の光の点。少し黄色みがかったルーフェの目。全部で七対、それが敵意と殺意を漲らせながら、じわじわと迫り来る。
 その手前で、すっと刃が銀の弧を描いた。七対の目が、一斉にそれを見る。その瞬間だけ止まる。そしてまた、にじり寄る。
 はらりと新しい銀の弧が、空間に軌跡を刻む。ルーフェ達が、また気を取られる。それが繰り返されるたび、光の列が縮む。誘われるまま、間隔が狭められていく。
 ロンバードの剣が、また翻った。ぴったりと寄り添うくらいまで密集した光点が、銀の刃を睨めつける。もはや時は限界に達していた。光る目が沈む。草むらに姿を隠してしまうほど、重く沈む。

 
 
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  第十八章(1)・2