蒼き騎士の伝説 第三巻 | ||||||||||
第十九章 交渉(1) | ||||||||||
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「止まれ!」
衛兵は、地面に伸びた影に向かって言葉を放った。
「街に入るには通行証が必要だ。そして今は、ナズ許可証も。所持しているならばそれを示せ。そうでないならば――」
「許可証がいるとは、初耳ですね。もっとも、通行証とやらも、持ち合わせておらぬが」
まるで、都人が使うような美しい物言い。その声の調子に、衛兵は怪訝な表情で顔を上げた。
商人でないことは、通行証の不所持を確かめるまでもなく、一目でわかった。馬も荷もない、二人連れの男。いずれも古びた外套を頭からすっぽりと被り、ザッカスと呼ばれる巡礼者か、物乞いの類に見える。だが、そこから垣間見える顔は、むしろ言葉から受けた印象の方に近い。後ろの男は厳格と品格、前の男は気高さと優雅さを漂わせ、輝きとなって見る者を圧した。
「貴殿らは……」
無意識のうちに、衛兵の言葉が改まる。
「何者だ?」
その問いに、しっとりと濡れた若芽のような目を持つ男が、ゆるやかに微笑んだ。ずるりと外套が落ちる。豊かな銀の光が溢れる。ぼろ布の中から現れた、純白の衣が翻る。
「我が名はシオ。シオ・レンツァ」
「……レン……ツァ?」
「そして我が名は」
驚く衛兵の目に、鮮やかな蒼が飛び込んでくる。その勇姿に、思わず身を反る。
「ベーグ・ロンバード」
「……ロン……」
言葉の後ろは、もう声にならなかった。大きく開け放された口が、わずかに震える。
ここは、叫ぶべきなのか?
剣に添わせた左手が、その場で固まる。
ここは、戦うべきなのか?
射るような二つの視線の前で、膝が力なく揺れる。
それとも……それともここは、跪くべきなのか?
「我らがここへ参った目的はただ一つ。この無益な争いを阻止すること」
混乱する衛兵の耳に、シオの声が響く。言い様は堅いが、その音色は柔らかい。衛兵の肩が小さく揺れ、口から息の音が漏れる。
「……阻……止?」
「そう。そのために我らは遣わされた。キーナス国王アルフリート・ヴェルセム、並びに国妃、ウルリク・デンハーム・ヴェルセムの名において」
衛兵の目が、大きくふくらむ。その中で、シオが輝くような微笑を浮かべた。
「急ぎ、デンハーム王にお会いしたい。速やかに、ここをお通し願おう」
張りのある声が、周りの空気を打つ。その音に押され、後退りする。困惑の表情を浮かべたまま、衛兵は目の前の顔を交互に見比べた。ようやく、一つを決断する。
「少し……お、お待ち下さい」
姿勢を正し、踵を返す。門の詰め所に入っていく。ほとんど間を空けず、ばらばらと十数名ほどの兵士が飛び出てきた。シオの背後で、ロンバードが微かな動きをする。
「命の危険がない限り」
シオが囁く。
「承知致しております」
声に緊張を滲ませてロンバードが答える。だが、二人の懸念は、衛兵が次に発した一言で解消された。
「では、我らが案内致します」
やや遠巻きに囲む兵士達と連れ立って歩く。見事な浮き彫りの施された、弓型の門をくぐる。
明るい灰色をした石畳の道が、その先に続いていた。少し黄色を帯びた白壁と、濃い翠色の屋根を持つ小振りの家が、両脇に整然と並んでいる。白く輝くアドラナス城まで、真っ直ぐに伸びている。
初秋の風に煽られて、城に掲げられた旗が力強くはためくのを遠目で見やりながら、シオは感謝した。
無事、ここに辿りつけた幸運に。無事、ここを通してくれた衛兵に。そして――。
心の中で苦笑する。
残された関門も、ぜひこの調子で突破したいものだが……。
シオの瞳に、光が入り込む。そこには、本来の柔らかさとは違う、硬質な輝きだけがあった。