「キーナスの先陣は、およそ一万二千。それに、わずか五千の兵で対すると言われるのか」
「勝とうとするなら、不足でありましょうな」
柔らかな表情でシオが言った。
「ですが、負けないだけなら、この数で十分。実際には、ヒュールの砦の兵も、数として利用させて頂きますから。もちろん、兵が多ければ多いほど、有利であるのは確かです。だが、大軍を動かすということは、当然そのための資金も莫大となる。貴国が金の流れる大河や、宝玉の実のなる森を有しているなら、それも良いでしょうが。もともとあってはならないこの戦い。兵士の血を無駄に流すことがないよう計らうのは無論のこと、民の汗をないがしろにすることも、私は避けたい」
一同の口から吐息が漏れる。反発でもなく、驚愕でもなく、感嘆を含む音がそこに滲む。
王が、ゆっくりと口を開く。
「そこまで考えた上での策とあらば」
轟く声が壁に当たって、なお力を強める。
「我に異存はない。他の者はどうか?」
その言葉に、ようやくロンバードは、この部屋に通された時から抱いていた疑念の全てを晴らした。
王が、必要以上と思われる警戒さを持って、自分達に疑いの目を向けたのには理由があった。王自身の心はすでに決まっていた。この、まるで査問会のようなレンツァ公への詰問は、家臣に向けてのものだった。彼らの心を定めるために、王はわざとこのような形を取ったのだ。
ロンバードは、左右に立ち並ぶ者達を見やった。そこに、ある種の決意が伺える。ウルリク妃によく似た顔立ちのリオール王子も、堅く唇を結び、毅然とした光を瞳に灯している。まだ何人かは、承伏しかねるように眉間に皺を寄せていたが、大方は、自らの意志で一つの道を選択したようだ。この自覚は大きい。フィシュメル王の元を遠く離れ、先陣を指揮せねばならないレンツァ公にとって、どれほど確かな力となるか。
もし、例え王の命とはいえ、疑惑と不満を抱えたままの兵を率いることになったのなら。
逆の場合を想定し、ロンバードは軽く身震いをした。そして、最後の波が静まるのを待つ。
「ですが」
眉間に皺を寄せていた、一目で文官と分かる痩せた老人が声を上げた。
「それもこれも、キーナス国王が偽王を倒し、晴れてブルクウェルにお戻りになってこそ、終結を見るもの。もしも、もしもキーナスの侵攻が、止まらないようなことがあれば――」
「その時は」
シオよりも早く、王が答える。
「全軍を持ってキーナスに抗す。我らフィシュメルの力を見せてくれよう」
「及ばずながら、私も力をお貸し致します」
シオの目が、より一層妖しい光を湛える。
「我が王を信頼しておりますゆえ、万が一にもそのようなことはないと思いますが。もしもの時は、私の力の全てを使ってキーナスを滅ぼす」
しんとした静寂が、その部屋を支配する。冷気を帯びた空間に、澄んだ声が矢のように流れる。
「これは、我が王も承知の策。アルフリート王の命であります」
水を打ったような沈黙が、居並ぶ者達の答えだった。誰の顔にも、迷いはなかった。一同を代表して、王が厳然と声を放つ。
「よかろう。キーナスの王がそれほどの覚悟を示したとあれば、我も示そう。フィシュメル全軍の指揮権を、そちに委ねる」
「はっ」
銀の房髪を緩やかに揺らし、シオは深く頭を垂れた。