蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十章 サルヴァーンの攻防(3)  
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「二度も同じ手にかかると思うたか!」
 キーナスに向けられたグストールの怒りは、またしても側近達に怒声として降り注いだ。
「フィシュメル国との苦戦が続き、王自らキーナ騎士団を率いて前線に出るだと? そのためにサルヴァーンの軍がブルクウェルまで下がるだと? そんな途方もない噂を、我らが信じると思うたか。たった数日前のことを忘れて、のこのこまた兵を挙げると思うたか? 馬鹿にするにも、程がある!」
「ですが――」
 セトゥワが果敢にも反論する。
「フィシュメル側が、キーナス軍を懐深く誘い入れようとしているのは確かです。となれば、キーナスは背後に気を遣わなければならない。それ相応の後方支援部隊が必要です。王都の軍を注ぎ込む策も、まんざらないとは言えますまい」
「だとしても、北のコーマ、イルベッシュがそれに当たればいいことだ!」
「確かに――。ただ一方で、その両騎士団がブルクウェルに入ったという情報もあります。我らオルモントールに対するために。私には、これがどうも――」
「ならなおのこと、噂は嘘ではないか!」
 グストールは、不愉快そうに目を細めた。
「よもや、もうサルヴァーンに向けて発ったのではあるまいな」
「そのような報告は受けておりません」
 怒りではなく、不安の色を濃くその顔に浮かべたグストールに向かって、宥めるようにセトゥワは言った。
「閣下。この一連の動きには、どうもおかしなところがあります。再び我らを誘い出すにしては、あまりにもあからさまです。それに、例のエルティアランの件も――」
「うるさい! キィキィ鳴くな!」
 セトゥワの目が、いまだかつてないほど大きく見開かれる。しかしそれは、ほんの一瞬であった。グストールを含む、居並ぶ誰もがそれに気付かなかった。
「とにかく、我が城を固めよ!」
 グストールの怒声が続く。
「いかにキーナスが大軍を擁したとて、そう簡単にこの城を落とすことは叶わぬ。援軍が来るまで持ちこたえれば、勝機は逆に我らに来る。まったく……。もっと早く援軍要請をしておれば、こんな苦労はせずに済んだものを」
 恨めし気にそう吐きつけた言葉を、セトゥワは深々と下げた頭上で受けた。無残な敗走を強いられ、散々罵倒されたあの日と同様、主の言葉に釈明も弁明もするつもりはなかった。
 それよりも、考えねばならぬことがある。キーナスの意図が、どうも読めない。こんな見え透いた罠を仕掛ける意味が分からない。ラグルと手を組み、大方病死でもしたのであろう者をキーナス兵の死体に見立て、我らをおびき寄せたところまでは見事だ。しかし、再び我が軍を誘い出すにしては、噂に芸がなさ過ぎる。特に不可解なのが、エルティアランのことだ。かの地には何もなかった――今更、そんな話を信じろという方が無理だ。エルティアランのために流された血の量を思えば、やはりそこには力が眠っていなければならない。とてつもない、力が……。
 憮然とした表情で席を立ったグストールに、『御意』とおざなりの返事をしながら、セトゥワは指を折った。
 援軍要請のための使者がこの城を出たのは、三日前。何事もなく進んだとして、王都ベルーバにグストールの書簡が届くのは、今から八日ほど後となる。すぐに王都が動いたとしても、援軍が到着するまでに、さらに二十日はかかるであろう。はてさて、一体どの部隊が遣わされるのか。
 セトゥワは顔を上げた。その目に、ちかりと小さな光が揺れる。
 新しく、私の宿主となる方は、どなたであろうの……。
 薄い唇に不敵な笑みを施して、セトゥワはその部屋を後にした。今はまだ宿主であるグストールの命を、忠実に為すために。

 

 
 
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