三
鉛色の岩肌が延々と連なる横穴を、ただ歩く。
先を行くユーリの足に澱みがないこと、進むにつれ、さらに空間が広がってきたこと。この二つを支えに、とりあえずは不満の音を漏らすことなく歩き続けた。が、それも二時間ほどまでのことで、最初にテッドが、そしてレンダムが、最後にとうとうミクが、疑問を口にする。
「かなり歩きましたが。まだ、大分あるのですか?」
「後、もう少しだよ」
振り向き、同じ答えを繰り返すユーリに、テッドが畳み掛ける。
「すまんが、もうちょっと具体的に答えてくれ。後少しってのは、どのくらいだ? 後何分、後何メートル進めば、外に出る?」
「それは……」
「テッド」
口篭るユーリを見て、鋭い一瞥を放ったミクに、テッドは肩を竦めた。
「なんだよ。お前さんだって同じこと聞いたろ? ちょっとそれに付け加えただけで」
「その、付け加えた部分が問題です。そんな、問い詰めるような言い方は」
「俺は別に」
「あの――本当にもう少しだから」
軽くその場の空気が苛立つのを感じ、ユーリは困惑の表情を浮かべた。
「もう少し、先に進めば……。感じるんだ、かなり近い。あの大きな空洞まで――」
「ちょっと待て」
テッドが口を挟む。
「大きな空洞って、どういうことだ? 出口に向かってるんじゃないのか?」
「はっきりと、意識を飛ばしたのはそこまでだったから。その先に何があるかは」
「って、おい」
「だけど、そこに別の風を感じた。流れが確かにあった。多分、その空洞から出口に通じる道がある……はず……」
ユーリの言葉尻が窄むのを受けて、テッドが大きく首を横に振った。
「多分とか、あるはずとか。要するに、はっきりは分からねえってことか」
「テッド」
「だから何だよ」
ミクの戒めに、テッドの声がまた荒くなる。
「お前さんだって、そう思って――」
「ユーリ」
しかしそれには答えず、ミクがユーリの方を向く。
「その大きな空洞に、何かあるのですか? さっき、感じると言いましたね。一体、何を感じるのですか?」
「光」
呟くように、ユーリは言った。
「一瞬だったから、詳しくは分からなかったけど。小さな光が、そこにあった。とても大きな空洞で、岩が、所々蒼くて。その中央に、巨大な柱があって」
「柱?」
ミクのグリーンの目が、わずかに細る。
「人造物――ですか?」
「うん。いや、どうだろう。よく、分からない」
ユーリの目が、伏せられる。
「本当に、分からないばっかりだね……ごめん」
言葉と共に、項垂れる。こりっとテッドの肩が鳴る。
「ああ、もう。ここでぐだぐだ言っても、しょうがねえだろう。行けば分かることだ。ミク、いい加減に諦めろ」
「わ……私? というより、テッド、あなたの方が」
「先、行くぞ。こっちでいいんだな」
「わしも」
すたすたと先を行くテッドにレンダムが続く。半ば呆れたように、ミクの声が後を追う。
「ちょっと待って下さい。ユーリが感じているものに危険がないかどうか、確かめ――」
「それも行けば分かるだろ」
すでに姿はなく、声だけで返すテッドに、ミクは大きな溜息をついた。
まったく……。
続けて、そう呟こうと口を開きかけた状態で、止まる。
「うわああ!」
まるで、洞窟自身が発したかのように響く声。
少しだけ、時を費やす。
テッド――?
弾けるように、ユーリとミクが動く。
「テッド!」
「ああ、来るな! 止まれ!」
勢いよく曲がったカーブの先で、視界が閉ざされる。テッドの声は聞こえていたが、反応はわずかに遅れた。壁のように立ち塞がるレンダムに、まずミクがぶつかり、そのミクに、ユーリが追突した。
「あうっ」
「ぐ〜む」
テッドとレンダムが同時に声を上げる。その響きが残る中、ユーリはそっと、壁に突っ張るように伸ばしたレンダムの腕をくぐった。テッドの側に立ち、一歩間違えれば、とんでもない悲劇が待っていたことを知る。文字通り、一歩、間違えれば。