蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十三章 孤高なる一族(1)  
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 <孤高なる一族>

      一  

 テッドは、辺りの空気が澄んでいくのを感じた。背後を見やる。ミクと視線が合い、互いに頷く。その後ろにユーリ、そしてレンダムが続く。逞しいラグルの背には、一人の少女。耳の形だけを見るならば、彼女は間違いなく伝説の種族、エルフィンである。
 崩れ落ちた柱の中から現れたその少女に、テッド達は驚愕した。随分と長い時間、ただ呆然と、ユーリの腕の中にある少女を見つめた。ほとんど無意識に、テッドが動く。人形のように、微動だにせずユーリに抱かれる少女に近付く。
 脈、呼吸ともに正常。見た目に外傷はない。となれば、内的な問題なのか?
「意識が……」
 呟くユーリの声に、テッドは初めて自分がその場所まで歩いてきたことに気付く。
「まだ、定まっていないんだ」
 ユーリの声が続く。
「あの柱全体に、彼女の意識が拡散していて。どうしてだか分からないけど、そんな状態で。だから、戻してはみたけれど、ひどく、散漫なんだ。どう、説明すればいいのかな。意識の核が、まだ充分じゃないというか。いや、そもそも……つまり……」
 とうとう口篭もってしまったユーリを、テッドはまじまじと見た。途方に暮れたように少女を見る横顔が、いつもに増して年よりも幼く見える。テッドの口元が、それで少し緩む。
「つまり……その意識とやらが定まるまで、時間がかかるってことか?」
「うん」
「で、それまでは、動かすことができないってことか?」
「いや」
 ユーリは小さく首を振った。
「自分で動くことはできないけど、動かすことはできるよ。ここに止まる必要はない。散らばっていた彼女の意識は全て――」
 ユーリの瞳が淡く翳る。その輝きが、深くなる。
「僕が、ここに。彼女の中に……」
「では」
 変わらぬ冷静さを示す声で、ミクが言う。
「先を急ぎましょう。幸いなことに、道はまだ続いています」
 ミクの手が、一点を指す。崩れた柱の向こうに見える、小さな横穴。来た道からは、柱の陰となって見えなかったものだ。その先の道が、果たして自分達を出口へと導くものであるのか。確証はないが、もうそこしか残っていない。別の横穴は、研ぎ澄まされた壁の遥か上部にある。
「よし。じゃあ、彼女は……」
 テッドが、未だ遠巻きに構えて近寄ろうとしない、レンダムを振り返る。
「悪いが、力仕事でお前さんの右に出る者はいない。荷物を少し整理して、そっちは俺が持つから、彼女を頼む」
「……う、うむ……」
 そう返事したものの、声の切れは悪い。恐る恐るといった調子で近付く。だが、レンダムの顔に浮かぶ恐れは、単純な恐怖というわけではないようだ。神に対する畏怖。あれに近い。その感情は、テッド達にはないものだ。
 もちろん、力に対する恐れはある。伝説が語る通りなら、エルフィンの力はガーダをも凌ぐ。しかし、その伝説が真であるのなら、心は尊い。自分達にコンタクトを取って来たのが彼らだとすれば、少なくともガーダよりは友好的であろう。無論、一つの種族を一つの概念で縛るのは、経験から浅はかなことであると分かってはいるが……。
 ゆるゆると、レンダムが動く。瞬き一つしない、少女の赤葡萄のような瞳を避けながら、彼女の側に寄る。そして、その背に負う。
「それでは、行きましょうか」
 ミクの声がそう促し、みながそれに従った。そして――。
 出口は近い……。
 途中、何度か短い休憩を取ったものの、ほとんど休むことなくここまで歩き詰めた。比較的、緩やかな傾斜の道であったことが、その無理を可能にした。あれから日数にして三日、時間にして六十時間を費やした。エルフィンの少女は、依然として意識が定まらず、レンダムの背で夢を見ている。それでも先の休憩で、初めてその口から水を飲んだ。まともな医療用具のない状態で、彼女の肉体的衰弱を心配したテッドだったが、ひとまずの安堵をそこでついた。
「テッド」
 ミクの囁きに、テッドは顔を上げた。歩くうちに、いつの間にか俯いていたのだ。冴えたグリーンの瞳を見る。その色が、はっきりとしていることに気付く。

 
 
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  第二十三章(1)・1