蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十三章 孤高なる一族(2)  
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 不意に声をかけられ、ユーリは短く息を吸い込んだ。喉の奥で、微かな音が鳴る。
「すみません。驚かせてしまいましたか?」
 振り返った先に冴えたグリーンの瞳を捉え、ユーリは小さく首を横に振った。
「いや、大丈夫。それより、テッドじゃなくて良かった。また、ぼけっとしてるって、怒られるところだった」
 ミクの表情が緩む。
「考え事……ですか?」
「うん」
「あの、スルフィーオ族との対面のことですか?」
「……うん」
 ユーリは頷き、小首を傾げた。少し間を置いてから、尋ねる。
「ミクは……どう思った?」
「そうですね」
 吐き出す息と同じく、冷えた声でミクが続ける。
「やはり、この惑星において、尋常ならざる破壊があったことは、まず間違いないでしょう。人から人へ、口の端に上るたび形を変え、尾ひれのつく伝承と違い、スルフィーオ族のそれは、より確かであるような気がします。もちろん、断定はできませんが」
「あの力は、何だと思う?」
「伝説によれば、破壊神ということになりますね。いかずちを思わせる天からの一撃、そして、竜巻のような闇を伴う渦」
「やっぱりミクも、その二つを感じたんだ」
 寒さで麻痺しつつある両足を、交互にその場で踏みしめながら、ユーリは言った。
「テッドも同じかな」
「確か彼は――」
 ミクの声色が、少し凪ぐ。
「ピカッ、ドカンってのが全部で六回。ズワワワワッてのが一回……そう言っていましたね」
 ユーリの顔が弾ける。
「数まで数えてなかったな。場景の方に気を奪われて」
「テッドは、光と音しか感じなかったようです。私も、あなたほど明確に意識できたわけではありませんから。かなり景色はぼやけていました。ほとんど輪郭はなく、ただ色味だけが並ぶ状態で」
 そこでミクはいったん声を閉ざした。すっかり笑みの消えたユーリの顔を見つめる。
「その景色が……引っ掛かるのですね?」
 頷く代わりに、ユーリは軽く息を吸い込んだ。
「いろんなものが……打ち砕かれた。山も森も。町や城も。でも、そこに――近代都市はなかった」
「要するに」
 淡々とミクが言葉を繋ぐ。
「地球にあるような、現在の地球にあるような都市はなかった。そういうことなのですね」
 ユーリは俯き、目を伏せた。氷の飾りがついた睫が、小さく震える。再び見開かれた漆黒の瞳が、暗い影を湛える。自らに、問い掛けるように、唇が音を紡ぐ。
「ここに……このカルタスに、高度な文明はなかったのだろうか」
「そう――ですね」
 変わらぬ声、いや、むしろ穏やかさを増した声で、ミクが言った。
「その可能性は高いですね。ただし、それには条件がありますが」
 ユーリの顔が上がる。
「条件?」
「そう。つまり、あなたの力が絶対である。全てを感じ、全てを見通す力がある――という条件です」
 冷たい水に打たれたように、ユーリの表情が変わる。それを見て、ミクは微笑んだ。
「さらにもう一つ、必要なことがありますね。スルフィーオ族の知る全てが、世界の全てであるという」
「そうだね」
 その頬を、少し赤く染めてユーリは言った。
「見えないものまで、見たような気になっちゃだめだよね。そこにこそ、真実があるかもしれないのに」
 瞳が輝く。真っ直ぐに、その目をミクに向ける。
「ミク、ありがとう」
「何やってんだ? お前ら」
 ドームの中から出てきたテッドが、ちょうどユーリとミクの間を割る形で立った。
「こんなくそ寒いところにわざわざ出てきて、何、話してたんだ?」
 首を竦め、両手を脇の下に埋めるようにして腕を組みながら呟くテッドに、ユーリは笑った。
「見えないところに、まだ可能性が残されているって話」
「ん? 微妙に意味不明だな。お前、またふらふらと意識を――」
「……あっ」
「って、言ってる側から、飛ばすんじゃ――」
「そうじゃなくて……応えたんだ」
「ん?」
「ユーリ?」
「スルフィーオ族の、呼びかけに……」
 ユーリの腕が、すっと上がる。頂きに向けて、それが伸びる。
「応えた」
 みなの視線が、その手の先に伸びる。崖にある三十ほどの巣穴のうち、最も大きな、最も高い位置にある蒼い宝玉が、きらりと煌く。長い尾が、零れ出る。ゆるりと首が持ち上がる。埋まっていた顔が露となる。
 飛竜の顔は、ユーリ達が想像していたものと、少し違っていた。太古の時代の翼竜のような鳥類に似た顔か、あるいはその体の鱗から、ワニのような顔をイメージしていた。しかし、その長い首を少し下方に伸ばしてこちらを見下ろす顔は、一見してオオカミを連想させた。それよりもう少し、全体的に顔を前に引き伸ばしたかのようだ。ぴんと立った三角の耳、顔の周りだけにある銀青色の毛、そして何より思慮深そうな金色の目が、さらにその連想を確かなものにする。
 ブルードラゴンの目が、横に細くなった。微笑むように目を閉じたまま、首を曲げ、翼の付け根に顔を擦り付ける。
 二本の足で、すっくと立つ。ふわりと翼が広がる。思わずユーリの唇から、音が出る。
「……綺麗だ」
 その声に、テッドとミクは黙したまま頷いた。
 広げた翼は空だった。明るく、一点の曇りもない青空。そこに一筋の雲が流れたとしても、薄っすらと虹がかかったとしても、何の疑問も感じないほど、空の色だった。
 その翼が、大きくうねる。強い風を巻き起こし、そこに軽々と乗る。
 空を舞うその気高い姿を仰ぎ見ながら、ユーリは尊敬の念を込めて、溜息にも似たパルメドアの言葉で名を呼んだ。
「……ナーム・メロアルア(ブルー・ドラゴン)……」

 

 
 
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