蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十四章 決戦(1)  
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 <決戦>

      一  

 冷気を含んだ霧が、森を包む。その木立の中で、ヴェッドウェルは目の前に立つ騎士達を見た。総勢、七名。いずれの顔も、よく見知った者ばかりだ。蒼き鎧どころか、まともな武器も宛がわれなかった時代からの、みな、馴染みだ。
 そのうちの一人に、視線を向ける。
「どうあってもか?」
 男が答える。
「どうあってもです」
 そして笑う。
「今さら、抜け駆けはなしだぜ」
 ヴェッドウェルは苦笑した。それが、友に対する返事だった。
 こうなった以上、男の意思がてこでも動かないことを、ヴェッドウェルは知っていた。もっとも男の立場からすれば、それもこれも、ヴェッドウェルの中にある、翻ることのない決意のせいだということになろうが。
 ヴェッドウェルは、男の肩に手を置いた。互いに、頷く。同じ動作を、他の騎士達とも交わす。交わしながら、この決断を下した日のことを考える。
 一昨日、反逆者、ドレファス将軍を討つために、キーナ騎士団を率いてブルクウェルを出た、あの日。
 いや、違うな。
 頬に残る傷痕をなぞるように撫で、首を振る。
 決めたのは、もっと前だ。そう、あの時に――。
 その数日前から、ブルクウェルは騒然としていた。フィシュメル国との戦争、それだけでも十分、人々の心は不安に蝕まれていた。そこへ、ドレファス将軍が反旗を翻すとの知らせが舞い込んだのだ。すでに彼の率いるペールモンド騎士団は、馬を飛ばせば四日とかからぬネローマの古城に構え、王都侵攻への機を伺っている。敵は総勢三万。対する我が軍は二万五千。だが、その数の差以上の衝撃が、キーナ騎士団側にはあった。もし、速攻で攻められれば、思いの他あっさりと、ブルクウェルは陥落したかもしれない。
 しかし、ドレファス将軍は直ぐには動かなかった。代わりに、使者を立て一つの要求をしてきた。
 直ちに開門されよ。ここに王印を持つ者あり。彼こそが、真の王である。その名は、アルフリート・ヴェルセム。
 不思議なことに、それを笑う者はいなかった。王はここにいる。ブルクウェルに、シュベルツ城に、己の目の前に。なのに、誰もその戯言を笑わなかった。もちろん、自分も……。
「これは敵の謀略だ!」
 跪くヴェッドウェルに、激しい声が浴びせられる。怒気をはらんだ王の声は、冷烈とした響きとなる。だが今、頭上を流れる言葉に、それはない。感情の溢れ出るままに任せた音は、甲高く、どこか子供じみている。
 ヴェッドウェルは努めて穏やかな声を出した。
「しかし陛下。王印を持つ者とあれば、無視するわけには参りません。使者を出し、まずその真偽を――」
「その必要はない。そいつは偽者だ!」
「ですが――」
「では、お前はこの私が、偽者だとでも言うのか!」
 派手な音を立て、アルフリートは玉座から立ち上がった。その目が異様な光を帯び、左に泳ぐ。清とした蒼は澱みの中に沈み、代わって充血した赤が主となって輝く。
「誰が……お前を……」
 泳いでいた目が、不自然に震える。
「お前に……蒼き鎧を……与えた? 誰が貴様を……貴様をキーナ騎士団長に……据えた?」
 王の右手が、大きく振りかざされる。その手で、ヴェッドウェルを指す。
「今こそ、その恩に報いる時であろう。直ちにネローマに向かい、裏切り者を成敗せよ!」
 ヴェッドウェルは、黙したまま頭を垂れた。
 思えば――。
 七人目の騎士の前に進み出て、ヴェッドウェルはその肩に手を置いた。

 
 
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  第二十四章(1)・1