蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十四章 決戦(3)  
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      三  

 シュベルツ城を囲む城壁の上で、影が走る。山に面した東の壁を這い上がり、そのまま低い姿勢で駆ける。城に残った兵士はごくわずか。そしてそのほとんどが、城の外門に集中していた。
 影が分かれる。一つは外門のすぐ側まで迫り、見張りの目を避け、外壁に張り付くようにして時を待つ。残る二つは壁を蹴り、城の屋根を伝い、内門を臨む位置で息を殺す。
 外壁にしがみ付いていた影の腕が、ぴくりと動いた。じっと凝らしていたその者の目が、耳が、待ちかねていたものを知覚する。その腕が、大きく振られる。
 シュベルツ城に、未だかつて聞いたことのない音が響いた。大鐘を、打ち鳴らすような音。重い響きが、いくつものうねりを重ねながら、城全体を震わせる。
 外門を守る兵士達の目に、理解しがたい光景が映る。青銅の内門が、無残な傷に塗れている。突き立てられているのは、二本の斧。その斧が、また門を抉る。
 苦しげな悲鳴を上げ、門が拉げた。ようやく兵士達が、事実の半分ほどを理解する。
 シュベルツ城の内門が、傷付けられている。ラグルの手によって。
 なぜ、ラグルが? どうやって、ここに? 一体、何をしようとしている?
 それらの理由を探る余裕はなかった。ただ、止めねばならぬという気持ちが、体を動かす。全員が、そこに向かって走る。
 影が踊る。その機を逃さず、外壁に控えていた者が、身を翻して内に落ちた。閉ざされた外門を開ける。兵士達が、また混乱する。
 この時起こったことを、正確に記憶できた者はいなかった。ある者は、開け放たれた門からなだれ込む、騎士の姿しか覚えておらず、ある者は、その騎士が門を開けたラグルと会釈を交わしたところだけを見た。「陛下」と叫んだ誰かの声がいつまでも耳に木霊し、黄金の髪と蒼い瞳に視界も心も奪われた。そこから先の記憶となると、さらに悲惨だ。
 急に影を感じ、見上げると、空に別の空があった。何かが飛んでいる。そう認識できた兵士は、優秀な方だ。
 群れなすドラゴンの内一頭が、東の塔をかすめるように舞い、城の屋根へと降り立つ。優雅に翼を閉じ、丸みのある高い声で鳴く。そこからひらりと飛び降りたのは、蒼き鎧の騎士なのか? 一つ、二つとその後を、影が続く。
 上空では、残りのドラゴンが、大きな円を描きながら飛び続けている。中庭の騎士は、もういない。ラグルの姿も、とっくに城の中へと消えていった。それどころか、空を仰ぎ見るその合間に、いくつもの蹄の音が中庭を駆けていった。
 それら全てを、兵士はただ皮膚の表面だけで知覚した。剣を抜き、すでに対象の消えた空間を、おのおの勝手な方向を向きながら、ただぼんやりと見やった。

 

 
 
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  第二十四章(3)・1