「確かに、いた」
堅くその目を閉じたまま、唇だけが、そう動く。
「でも、ここに入るなり、気配が途切れた」
「つまり……それは、逃げたってことだろう?」
「いや」
小さく首を振り、ユーリがテッドの言葉を否定する。
「逃げられない、この城からは。これだけ、強い意識で囲まれていては」
「囲まれる?」
「うん」
ユーリはこくりと頷いた。両の瞼が開かれる。そこから星を湛えた瞳が覗く。
「上空にいるスルフィーオ族の意識が、まるで網の目のように城全体を覆っている。ブルードラゴンの気も借りて、空間の壁を閉じている。いくらガーダでも、どれだけの力を持っていようとも」
ユーリの右手が剣の柄に添えられる。瞳の煌きが一層冴え、貫くように、空間の一点を捉える。
「この場所から逃れることはできない」
見据える先の薄闇が、震える。陰の中で、影が揺れる。じわりと輪郭が浮き出てくる。それが完全な姿となる前に、テッドの銃が光を放った。
「おのれ」
よろめきながら、影が呻く。錆色の衣の下で、手が翻る。
突如上がった火柱が、強烈な熱と風を生む。その炎の先が、天井を舐めるや否や、火柱は裂け四散した。
火の玉の雨が降る。その雨をかいくぐり、アルフリートの剣が、ガーダの喉元を貫く。
「無駄だ」
枯れた笑みで唇を歪めながら、ガーダは言った。翻った手が、尖った風を作る。間髪入れず、打ち出されたオラムの斧を高く弾く。
「貴様らごときに、この私が」
テッドとミクの銃が、続けざまにガーダの体に穴を空ける。
「倒せるものか」
高い笑い声が、ガーダの周りで渦を巻く。その空間が冷える。無数に浮かぶ氷の結晶が、悪意を帯びて形を為す。
「まさか、お前達が生きていようとはな」
氷の槍が、狙いを定めるように小さく振れる。そして、止まる。
「それならそれで、大人しくしていれば良いものを。それほど我に、殺されたいか」
ガーダの口が大きく裂け、赤黒い舌が覗く。
「ならば、死ね!」
弾かれた氷の槍が、真っ直ぐにアルフリートの元へ飛んだ。煌く剣の軌跡が、確実にそれを砕く。割れた破片が地に落ちて、雨の音を奏でる。その響きを、慌しく駆け込む足音が打ち消す。
「陛下!」
アルフリートは、剣を構えたまま、背で声を受けた。
「そうか」
蒼い瞳でガーダを睨みつけながら、小さく呟く。
「来て――くれたか」