蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十四章 決戦(3)  
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 ユーリ……。
 膝を突いたユーリが、ゆっくりと立ち上がるのを見て、ミクはそう呼びかけた。しかしそれは、気持ちだけの声だった。体が動かない。その場の誰もが動けない。テッドとミクは銃を構えたまま、アルフリートとヴェッドウェルは、地に伏したガーダの体に剣を突き立てたまま、そしてオラムは、斧を振りきった姿勢のままで、ガーダの首を見ている。壁に当たって止まった首を、見つめている。
 静寂に、安堵できない。沈黙に、勝利を覚えない。ぴくりとも動かぬガーダの体と首が、なおも空間を支配する。
 風もなく、音もなく、ガーダの首に巻きついた錆色の衣が、はらりと解ける。開かれたままの赤い目が、じっとこちらを見据える。
「もう……遅い……」
 空間が、自ら震えて枯れた音を出す。はっきりと、誰の耳にも言葉を刻む。
「全ては動き出した……道は、開かれた……時が来れば……みな……」
 ガーダの赤い目が、黒く澱む。そこから光が失せていく。深部に残った微かな灯火が、最後の力を帯びて鋭く輝く。しっかりと、一点を見る。強く、ユーリを射る。
「誰も……止められぬ。たとえ、貴様でも、止めることはできぬ……誰も…………」

 ――破壊神を――

 ユーリの唇が、音を伴わないまま、ガーダの最期の意識を模った。それがまるで、何かの合図であったかのように、空間の呪縛が解ける。ガーダの目に、もう光は残っていなかった。全ては終わったはずだった。しかし――。
「一体……どうしたって言うんだ?」
 天井を見上げ、テッドが呟く。
「あいつら、何を鳴いているんだ?」
 城の上空が、寂寥とした響きで満たされている。喉の奥を、引き詰めるかのようにして、ブルードラゴンが鳴いている。一つの声が長く響き、それに呼応し、また別の声が続く。打ち寄せる波のように、繰り返し、彼らの声が響く。
「泣いて……るんだ」
 独り言つかのようなユーリの言葉に、一同は黙して次の言葉を待った。
「スルフィーオ族の……気持ちに連動して、泣いている」
「連動……して?」
「彼らの村が、襲われた。残っていた者は、みな殺された」
「何――だと?」
 虚ろな声で言葉を並べるユーリに近付きながら、テッドが呻いた。
「みな……殺されただと? 一体、誰に?」
「ガーダ……」
 その言葉に、テッドは立ち止まった。息を殺し、死したガーダを見つめ、改めて自身に納得させる。そして眉を寄せる。
「って、まさか」
「違う、彼じゃない。ビルムンタルのガーダとは違う。もっと西、西から来た――」
「西――だと?」
 苛立つ気持ちのまま、テッドはユーリの肩をつかんだ。
「一体、どれだけガーダはいるんだ? なぜ、スルフィーオ族の村を? そもそも、奴らは何を――」
「破壊神だ! 全ては、その復活のために」
 テッドは息を詰めた。虚空を見据えるユーリの瞳に、暗い炎が灯っている。そこに溢れる負の感情が、何もかもをも貫くような、強い力でぎらついている。
 一度も……。
 今まで、一度も見たことのない表情が、そこに浮かぶ。
 肩にかけた手が、無意識の内に離れようとするのを、テッドは強い意思の元、止まった。
「ユーリ……」
 小さく言う。
「ユーリ!」
 手に力を込め、大きく叫ぶ。
「ユーリ、しっかりしろ!」
 漆黒の瞳が、ゆっくりとテッドの顔に向けられる。食いちぎらんばかりに強く結んでいた唇が、緩む。滲んだ血が、涙のようにそこから零れる。
 ユーリの表情が、純粋な哀しみだけに染められた。
 崩れるように、胸の中に落ちたユーリを、テッドはしっかりと抱えた。
 高く、遠く、ブルードラゴンの泣き声が響く。耳に、胸に、その音が落ちる。ただ呆然と立ち尽くす皆の心に、それは響き続けた。重く、染み入りながら、響き続けた。

 

 
 
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  第二十四章(3)・5