蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十五章 導(2)  
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「振りかかった火の粉は払わせてもらう。これが、全ての行動の基準なんだがな」
「その権利は」
 ミクの目が、テッドの方に向けられる。
「当然保障されるべきものですね。私も依存はありません」
「そりゃどうも」
「つまり」
 ミクは再び、ユーリを見据えた。
「基本的に私もテッドも、ユーリ、あなたと同じ考えです。西に逃れたというガーダが、この世界に破壊の限りを齎そうとしているのなら、例外なくその力は私達にも向けられるでしょうから。まず、自分の身を守るためにも、それを阻止する必要があります」
「だが問題は」
 組んでいた腕をほどきながらテッドが言った。
「西だけじゃ、どうにもならんからな。そもそも、破壊神がどんなものかも知らないし。伝説話をいくら聞いても埒があかない。やはりここは」
「ビルムンタルのガーダですか?」
「う〜ん、正直、それもあまり期待できないような気がするんだが」
「その勘は、当たっているかもしれませんね」
 今度はミクが腕を組む。
「何かを伝えるつもりなら、最初に会った時点で教えていたでしょう。逆に考えれば、彼が与えてくれた数少ない言葉が、破壊神に繋がる重要なヒントなのかもしれません」
「そっちを先に解けってか? 鍵ってのが分からないんだよな。塔の方が、まだ望みがあるか」
「そうですね。それにもう一つ、ユーリが聞き出した情報から、手繰る道もあります」
「ユーリが聞いた?」
 不思議そうな顔をミクに向けているユーリを見ながら、テッドがぽんと手を叩いた。
「ああ、あのエルフィンの言葉の歌か。確か、ブルクウェルにその研究をしている学者がいるって話だったな。そいつを探し出して――」
「サナ・ピュルマ」
「ん?」
「学者の名前です」
 澄んだ声が、ミクの口から流れる。
「すでに面会の許可は取ってあります」
「許可?」
「ピュルマ家は、ダーの爵位を有する貴族。レンツァ家と同様、見ず知らずの、まして貴族でもない者が、いきなり訪問して面談叶うような身分ではありませんから。よって、国妃よりの許可を頂きました。私としては、身元を保証する意味での紹介状さえ取り付ければと思っていたのですが。じきじきに国妃が先方へ使いを出し、結果、いつでも私達の訪問を歓迎するという返事を得ることができました」
「って、いつの間に……初耳だぞ」
 不服そうに口を歪めてテッドが言った。
「報告義務を怠ってもらっちゃ困るな」
「それはお互い様でしょう」
「お互い様?」
「戻ってくるまで黙っていたのは、一体どこのどなたでした?」
「あれは」
「あの――」
 互いに相手を非難しながらも表情の柔らかい二人を、ユーリは交互に見た。困ったようなその顔に、ミクが答える。
「実はテッドに、ダングラスの森まで行ってもらったのです。エターナル号のところまで」
「どうやら、また長い旅になりそうな雰囲気だったからな。荷の補充のために戻ったんだ。お前が元気になってから、みんなでとも思ったんだが」
「状況からして、可能な限り急いだ方が良いと判断しました。私の方も、いろいろとデータの処理、解析をメインコンピューターでやりたかったのですが。二人とも離れるわけにはいきませんから。結局テッドだけに行ってもらいました。データの方は、パルコムを通じて私からも指示をして。そうしたら」
 ミクの眉がくいっと引き上がる。
「その時一つ、重大なことを、テッドは隠していたのです」
「隠していた?」
 疑問に加え、若干の非難の色が、ユーリの声に滲む。慌ててテッドがミクに噛みついた。
「おい、人聞きの悪いことを言うな。あのデータはまとめて引き出したから、俺だってその時は気付かなかったんだ。で、帰りの馬車の中で、パルコムで照合してみて、初めて――」
「ではなぜ、その時点で連絡しなかったのです?」
 喉の奥に、軽く笑いを挟むようにしてミクが言う。
「まさかとは思いますが。直に話して驚く顔が見たかったなどという、子供じみた発想をしたわけではないでしょうね」
「ああ……ユーリ?」
 すっかり旗色の悪くなったテッドが、ユーリを手招きした。
「いい知らせがある。ほら、これを見ろ」
 示されたパルコムを、ユーリは覗き込んだ。そこに映し出されたのは、打ち上げた衛星が捉えたカルタスの地表画像だった。画面の左上に座標、右下に解析データが連なる。成分名、そして数値、それらがいくつも並び――。
 ユーリは、はっと顔を上げた。
「アリエス!」
「そう、そしてもう一つ、ここにも」
 食い入るようにユーリはデータを見た。その横で、テッドの声が弾む。
「どっちもユジュール大陸だ。要するに、どのみち俺達は、西へ向かうしかないわけだな。もっとも、アリエスが動かせる状態かどうかは怪しいもんだが。だが、解析結果を見る限り、大きな損傷はない。可能性はある」
「この地域の衛星によるカバーもOKです。打ち上げた数が少なかったため、ユジュール大陸、及びそこに至る海洋領域を押えるには、若干の軌道修正が必要だったのですが。無事、修正に成功しました。これで、ナビゲーションは完璧です。後、必要なのは地図ですが。もともとカルタスには精度の高い地図がありますから。まず、問題はないでしょう。とにかくこれで、道は決まりました。サナ・ピュルマに会い、可能な限りの情報を集め、ユジュール大陸に渡る。西を目指す。これでいいですね、ユーリ」
「うん」
 ユーリは頷いた。
「あの、ありがとう、ミク。それに、テッドも」
「もってのは何だ。もってのは」
 軽くユーリの頭を小突きながら、テッドは笑った。ミクの唇も、柔らかく弧を模る。
 ユーリはようやく、心の中の最後の波が凪いでいくのを感じた。
 もう一度、胸の内で、感謝の言葉を述べる。
 ありがとう、ミク、テッド……。

 

 
 
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