蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十五章 導(3)  
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      三

 旧ブルクウェル城。
 その重厚な造りの中を、案内人に導かれ進む。誰かとすれ違うたび、強い視線を覚える。自分に向けられているわけではない。だが、テッドはどうにも落ち着かなかった。多分、当の本人達が、一向にそのことを意識していないせいかもしれない。
 その一人であるティトは、随分と機嫌が良かった。だが、ほんの少し前までは、手におえないほど荒れていた。
 十日前、彼はレンツァ公らと共にドラゴンの背を借りて、はるばるフィシュメルからこのブルクウェルに、無事帰ってきた。しかし肝心のシオは、直ぐにロンバードとフレディックを引き連れて、アルフリート王の後を追った。要するに、彼は置いてきぼりをくらったわけだ。ティトにしてみれば大いに不満であっただろうが、シオからすれば当然の判断と言えるだろう。彼を連れていく理由がないというのはもちろんだが、何よりそうすることができないほど彼は弱っていた。
 結局、シオが戻るまで城に止まることで、その時ティトは引き下がった。だが、不満は常に、口からついて出た。徐々に体力が回復し、元気になるにつれ、それはますます激しくなった。幸運だったのは、それがちょうどユーリの復活と同時期であったことだ。テッドや他の騎士達が相手となると、彼の不満は全開となってしまう。感覚的には、壁に向かってぽんぽんボールをぶつけている感じだ。そして弾け返ってくるボールに、また腹を立てる。一方、ミクが相手の時には、女性ということが引っ掛かるらしく、不満を逆に押え込んでしまう。そして、後日それは、他の男性陣に倍となって返ってくるのだ。
 しかし、不思議とユーリに対した時は、反応が違う。ユーリ自身の持つ雰囲気が、そうさせるのだろう。壁は壁でも、ユーリの場合、柔らかい。鋭い相手の感情を、ふわりと包み込むような性質がある。ティトの不満はユーリに当たって、そのままぽとりとそこに落ちる。拍子抜けする、多分、これが一番適切な表現となるだろう。しばらくユーリと話すうちに、ティトの気持ちは穏やかになっていった。
 そのユーリが、今日、一緒に行こうと彼を誘った。もう、上機嫌だ。随分と懐かれたものだ。まあ、大人しくしているという約束だから、問題はないだろうが。それよりも、分からないのはもう一人の方だ。
 テッドは前を行くレンダムを見ながら思った。
 セルトーバ山から、いったんリンデンのところに立ち寄り、彼とはそこで別れる手筈であった。それが、どういうわけか、その後も付いてきた。彼が言うには、再びリンデンがユーリに貸した、蒼き鎧を持って返らねばならないということだったが。ガーダとの決着がついた後も、こうしてここに残っている。オラム達三人は、とうにファルドバス山へ戻ったというのに。
 もちろん、彼のお蔭で助かった部分も多い。ハンプシャープの離宮でウルリクを助け出す時には、大いに活躍してくれたし、そのウルリクと共に止まってもらったカトロンの街でも、そこら辺の騎士が恥じ入るほどのナイトぶりを発揮したようだ。しかし正直、もう、彼にやってもらうことは残っていない。いつでも蒼き鎧を携え、故郷に帰ってもらって構わない。
 どうやら理由は他にあるようだ。彼が執着していたのは、鎧ではなくその中身だった。元々面倒見のいい性質も手伝って、どうにもユーリのことが気になるらしい。
 まあ、あんな状態を見れば、誰でもそう思うだろうが。
 テッドは、幾分痩せた感のあるユーリの背を眺めながら、心の中で呟いた。
 と、その背が、大きな扉の前で止まる。両側に張り付くように歩いていたティトとレンダムが、一歩下がる。ユーリには興味があっても、学者様には関心がないようだ。正確には、学者の話にだ。退屈するのは目に見えていたので、予定通り、彼らは引き続き、案内人を従えて城の中の見物と相成った。
「いいねえ、あいつらは気楽で」
 そのまま廊下を進む二人を見送りながら、テッドが呟く。
「別に三人揃って聞くことはねえよな。何だったら、俺もあいつらと」
「テッド」
 冷ややかな声で、ミクが言う。
「ふざけるのはその辺にしておいて下さい。噂では、サナ・レンツァなる人物は、少し変わった人とのことですから。気分を害してしまうことのないよう、細心の注意を払う必要があります」
「変わった人?」
 テッドが振り返る。
「なんだ? ダーの称号を持つ人間ってのは、そんなのばっかりなのか?」
「さあ、それはどうなのか分かりませんが。とにかく、王の名さえちらつかせば屈する、という相手ではありませんから。聞きたいことを全て引き出すには、まず、私達自身に好意なり信頼なりを持ってもらう必要があります」
「ふん、好意ねえ……まあ、一人は大丈夫だろ」
 腕を組み、テッドはユーリを見た。
「そうですね」
 軽く微笑し、ミクもユーリを見る。
 その二人の視線を感じたのか、扉に手をかけた状態でユーリが振り返る。
「行くよ」
 その声に、テッドとミクは大きく頷いた。静かに、扉が開かれた。

 

 
 
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  第二十五章(3)・1