蒼き騎士の伝説 第三巻                  
 
  第二十六章 新たなる旅立ち  
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 <新たなる旅立ち>

 

 キーナスの秋は早い。
 ブルクウェルを発った時は、まだ色鮮やかに木々を覆っていた葉が、はらはらと絶え間なくカトロンの街に降っている。赤、緑、茶、黄。賑やかな色彩の三角屋根に負けじと、くすんだ灰色の石畳までもが、同じ色に染められていく。
 一方、どこか楽しげな装いの街を映す大気は、日々、色を無くしていた。そこに、冬の兆しを感じる。大陸西のクィード海に比べ、トルキアーナ海は波が穏やかだと聞いていたが。鈍色をはらんだ海面は、時折、大きなうねりを見せていた。その揺れが、ユーリの心に影を齎す。改めて、自分達の居る場所を見やる。
 サナが用意してくれたゼンクト号は、長さ二十五メートル、幅八メートル弱ほどの帆船だった。大きさとしては中型といった感じだろうか。隣りに並ぶ、大型帆船と比べると、かなり物足りない。こんな船で大海に乗り出し、もし嵐にでも遭ったら。と、思わず考えてしまう。だが、その不安は、たとえ隣りの船に乗ったとしても、同様であっただろう。陸路においては不便としか感じなかった文明の差が、海路においてははっきりと危険を覚えるまでに膨らむ。
 進むだけでも困難な道。だが、怯むわけにはいかない。
 水面を見つめるユーリの表情が、自然と険しくなる。
「おい」
 と、いきなり耳元で発せられた声に、ユーリは驚いた。
「あっ……テッド、ミク……」
「あっ――じゃねえぞ。さっきから何度も呼んでるのに、返事もしないで。ひょっとして、まだ怒ってんのか?」
「気持ちは分かりますけど、そろそろ許してあげて下さい」
「って、逃げたのはお前さんもだろうが」
「ということはテッド、あなたは逃げたということですね」
「あのなあ」
 軽く頭を掻きながら詰め寄るテッドを、ミクが冷ややかな視線で押し返す。ユーリの口元が、不満げに尖る。
「要するに、二人とも逃げたんだ」
 テッドとミクの顔に、苦笑が浮かぶ。
 遡ること五日前、王都ブルクウェルのシュベルツ城で、厳かな式典が行われた。王が認めた勇気と叡智を備えし騎士に、蒼き鎧を授ける儀式。一時的ではあるが、無事、オルモントール国との和平に成功したアルフリート王の帰還も相俟って、いつもに増して華やかで壮麗な式となった。この日、選ばれし騎士は、異国の民。その髪と同じ、煌く漆黒の瞳が印象的な若者。王を、そしてキーナスを救った勇者。否、勇者の一人。
「ずるいよ」
 ユーリの声に、強く抗議の色が滲む。
「二人とも、さっさと辞退しちゃって」
「――ですが」
 旅の始めより、幾分伸びた赤い髪を揺らして、ミクが言った。
「私は一応、女ですから。現在、キーナスのどの騎士団にも、女性はいないとのことでしたし」
「あれ?」
 わざとらしく、テッドがそこで首を捻る。
「基本的にはOKだったはずだぜ? 実際に昔、女の騎士が活躍したって話があるそうだし。残念だったな。お前さんの理屈は通らない。その点、俺のは筋が通ってるぞ。騎士たるもの、武芸に秀でていなくちゃならんだろう? でも俺は、剣も槍も、ついでに弓も、さっぱりだし」
「それを言うなら、私も」
「お前さんには、例のバカ力があるだろうが」
「体術――と、言って頂けません?」
 口論しつつも、どこか楽しげなテッドとミクに、再びユーリの口が、恨めしげな言葉を吐く。

 
 
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  第二十六章・1