「何だかんだって――結局、僕に押し付けたんだ」
玉座におわすアルフリート。その傍らにウルリク妃。シオ、ロンバード、フレディック。見知った顔はそれだけで、後は知らない者ばかり。それらの視線が、広間の扉に注がれる。そこに立つ、ユーリを突く。たとえそれが感謝であり、尊敬であり、賞賛であったとしても、そういう場自体、ユーリは苦手だった。くるりと身を翻したい気持ちを押えて、前に進む。
確かその時、楽の音がした。しかし、どんなものであったのか、全く記憶にない。アルフリート王が述べた言葉も、覚えていない。脳裏に残っているのは、やたら遠く感じられた玉座までの道。純白の絨毯と、石壁を覆い尽くさんばかりに吊り下げられた蒼のタペストリー。その色だけが、染みつくように頭にある。
王が右手を上げる。居並ぶ騎士達の剣が、いっせいに掲げられる。胃の中に収めたものが、逆流してくるような緊張感に、襲われる。
残像と共に蘇ったその感覚に、ユーリの口が正直な気持ちを漏らした。
「ずるいよ。僕だって、辞退したかったのに」
「しょうがねえだろう。誰かが式に出なけりゃ、収まらなかったんだし。いいじゃないか。ピカピカの新しい鎧ももらえたわけだし」
「そうですね。正規の騎士という身分を得たことは大きいです。これからの旅に、何かと役立つことでしょう。ユジュール大陸においても、キーナスの蒼き鎧の騎士は、広く知られているということですから」
「それは、そうだけど」
ユーリの抵抗が続く。
「でも、鎧だけなら、リンデンが貸してくれたもので十分だったのに」
「だがあれは、いわば詐欺みたいなもんだったわけだから」
「詐欺?」
「だってそうだろうが。元は盗品、それを勝手に身につけ、その身分を装ったわけだから、立派な詐欺だ。まあ、よくばれなかったよな。とにかく、今度のは本物だ。ようやくお前も、まっとうな生き方に戻れるわけだ」
「なんか」
ユーリの目が、上目遣いにテッドを見る。
「僕だけが騙していたような言い方だね」
「俺は――」
テッドは無精髭を一撫でした。
「鎧なんて、着てないぞ」
「ず、ずる――」
「とにかく、良かったじゃないか。それに、もし、あのままリンデンの鎧を着けていたら、この船にまでレンダムが付いてきたかもしれないぞ。持って帰らなくちゃならないからと、また理由をつけて」
「それはどうでしょう?」
ミクが口を挟む。
「確かに彼は鎧、ではなく、ユーリを随分と気にしていたようですが。どうにも船が苦手だったようです。逆に――」
「あいつは大好きってか?」
琥珀色の瞳に映る影が、忙しなく動く。一時も止まることなく甲板の上を走り回る小さな姿に、テッドの口元が綻ぶ。
「にしても、よく離れる気になったな。あの策士様にべったりだったのに」
「血がそうさせたのでしょう。キュルバナンの民の血が」
「DNAに刻まれた記憶ってか? なんか、あいつを見ていると、ミドリガメを思い出すな」
「ミドリガメ?」
そう言って小首を傾げたユーリに、テッドは大きく頷いた。
「ああ。子供の頃、飼っててさ。で、家族で海に行こうって話になった時、まあ、カメだし、連れてってみるかと。そしたら海辺に出るや否や、いきなり狂ったように動き出して。波の音か、潮の匂いか、何に反応してるのかは知らないが。とにかく、いつも石みたいなやつが、足をこうばたばたと――」
「テッド……カメ、飼ってたんだ」
「何だよ、ユーリ」
「その亀を、後生大事に、旅行へ連れていったのですね」
「何だよ、ミク。それがどうかしたか?」
「ふっ」
「ははっ」
こらえきれず、ミクとユーリの口から息が漏れる。そのまま、大きな笑い声となり、辺りに転がる。
「な、何だよ。そんなに笑うことか?」
「失礼。意外と、可愛いところがあるのだなあと」
ミクの目が、なおも愉快そうにテッドを見つめる。憮然とした表情で、テッドが言った。
「ガキの頃の話だ。別段、おかしなことじゃないだろう。あの時は、たかがカメでも――」
「カメ……テッドが……カメ……」
一体、頭の中で、どんな回路の繋ぎ方をしたのか。カメという言葉が、そのまま笑いに直結しているユーリを見やりながら、テッドは両手を腰に当てた。
「ユーリ、お前、そのくらいにしとけよ」
「分かってる……でも」
「笑うな!」
「随分と、楽しそうね」