蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第二章 キャラバン(1)  
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 足が不自由なこと。それを理由に、デグランに乗ることは許されなかった。まだ歩くことすらままならぬ幼子、そして身重の女。それ以外は、自分の足で砂漠を歩かなければならない。その力がない者は、切り捨てられる。年老いた者、病を患う者。親であれ子であれ、付いてこれない者は容赦なく置いていく。そうしなければ、一族全てが滅びてしまう。生きる力を持った者までが、巻き添えとなる。
 その事実は、知識として知っていた。だが、その厳しさは、ここに来るまで実感がなかった。自分が、これほど不用な人間であることも――。
「おいらも、おいらも歩く」
 ようやく隊商のしんがりに追いついたテッド達を見て、ティトが細い声を出した。
「おいらも……歩く」
 声に、軽く涙が混じっているのを受けて、ミクが顔を上げる。優しく微笑む。
「なかなか頼もしいですね。でも、あなたがそこから降りても、誰かが代わりに乗ることはできません。差し出した食料と引き換えに、長から特別な許可をもらうことができたのは、ティト、あなただけなのですから」
「でも、おいらは男だし、お前は女だし、サナも――」
「お前……なあ。そろそろ……その……考え方……止めろ」
 強く吐く息に乗せて、テッドが言う。
「女が……必ず……弱いとは……限らねえ……特に、ミクは……」
「無駄話はそのくらいにしておいたらどうです?」
 緑のリャンが横を向く。すっきりとしたミクの片眉が引き上がる。
「聞かされるこちらの方まで、息苦しくなります」
「ほら……な。強え……だろ――っと」
 テッドの体が大きく右に傾く。膝を突く寸前で、踏み止まる。サナが囁くような声を出す。
「……テッド」
「ああ、すまん。大丈夫か?」
「わたしは――別に」
「やはり、そろそろ交代した方が良さそうですね。これ以上やせ我慢をして、サナに怪我でもさせたら大変です」
「お前さん……ねえ」
 じわりと滲む汗に左目を瞬かせながら、テッドはミクを見やった。だが、その提案に逆らうだけの体力は残っていなかった。
「悪い、ユーリ。ちと早いが、交代だ」
「うん」
 ユーリはそう言うと、肩の荷を降ろした。デグランに積みきれなかった自分の分とテッドの分の荷物。かなりの重さだが、サナよりは軽い。
 テッドは背からサナを降ろすと、代わりに荷物を担いだ。背負いやすい形にまとめてあることも手伝って、随分と楽に感じる。もっとも、ほんの数分も行かぬうちに、その感覚は薄らぎ、肩の肉に重く食い込む痛みに、再び苦しむことになるのだが。
「先に行きますよ」
 ミクの声に、テッドはああと頷いた。後ろを見る。
「おい、サナ」
 早くしろよ。
 という言葉を、テッドは敢えて言わなかった。膝を突き、その背を晒すユーリを、ただじっと見つめるサナに、「先に行くぞ」とだけ言って、前を向く。ミクの後を、隊商の後を、黙々と追う。
「ユーリ……わたし……」
 サナは、まだ迷っていた。迷ってどうなるものでもないことは、百も承知していた。ただ、辛かった。周りに負担を掛け続ける存在であることが、苦しかった。
「ごめん」
 黒髪がわずかに動き、ユーリの横顔がサナの瞳に映る。
「僕だと、少し揺れるから。きついだろうけど」
「そんなこと……わたし」
「そろそろ行こうか」
 ユーリの目と唇に、微笑が浮かぶ。
「一緒に行こう」
「…………」
 サナは、両腕をユーリの肩に回した。テッドに比べると、幾分狭い背中に体重を預ける。ぐいっと大きく体が揺れ、足が砂から離れる。意識するとなしに、涙が溢れる。自分の右足が不自由であることを、これほど悔しく、悲しく思ったことはなかった。
 砂の大地に夕闇が迫る。ただ眺める分には、最も美しい瞬間だ。空はほんのりと青みを残した灰色に、大地は深い褐色となる。やがて緩やかに天と地が一つとなり、闇の中で溶け合う。
 しかしサナは、そこから視線を外し、ユーリの黒髪に顔を埋めた。しばらくそのままの姿勢で、サナは泣いた。

 

 
 
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