蒼き騎士の伝説 第四巻 | ||||||||||
第二章 キャラバン(3) | ||||||||||
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三
枯れた砂を見つめる。念のためハルマが、辺りを掘り起こしてみたが。そこにはわずかな湿り気すら残っていなかった。失望が、見守るハンガラ族達の吐息を促す。だが、不思議とそれは穏やかであった。目の前に絶望が、死を意味するものが突き付けられたにも関わらず。
「おい」
一言発するたびに、乾いた唇に痛みが走る。テッドは右手でそれを押えながら、さらに続けた。
「他に水場は?」
ハルマの首が、ゆっくりと横に振れる。その様に、苛立つ。
「しかし、このままでは」
干からびた喉が、途中でつかえる。仕方なく、テッドは残りの言葉を胸の中で吐いた。
みんな、死んでしまう――。
水が、尽きたのだ。季節外れの砂嵐によって、倍近い日数を強いられた一行は、進路を変更して、この水場に向かった。過去、何度も彼らは、ここを利用したのだという。ハルマの父の代、さらにその父の代から受け継がれた水場は、一度も枯れたことがなかったのだと言う。
それが事実、間違いないものであったのかどうか。そんなことはどうでもいい。今、実際、ここにその水はない。命の綱は切れたのだ。
テッドは険しい表情でミクを振り返った。砂に塗れた緑のリャンから覗く瞳が、堅い光を放っている。
最悪の場合……。
昨夜の会話を思い起こす。
彼らに受けた恩を、仇で返すことになるでしょう。
冷えた夜の砂漠の大気よりも、凍える声でミクは言った。
この水場に向かうことを彼らが決定した時、テッド達は思わず顔を見合わせた。助かる道は、他にもあった。残り少ない水と体力で、町まで辿りつく方法。荷を捨て、代わりに人がデグランに乗る。場合によっては、そのデグランの肉と血で命を繋ぐ。水を求めて砂漠をさ迷うより、むしろ当然の選択だ。
テッドの目が、険しく細る。
町に戻れば、彼らは当然、荷を失った責を負わなければならないだろう。だとしても、命をなくすよりは増しだ。そう考えた、自分達の甘さに臍をかむ。彼らにとって、頼まれた荷を捨てるという行為は、死と同義であることを、今さらながら知る。
しかし、そうなると。
テッドは顔を上げ、ユーリを見た。本来の輝きを失くし、深い影を湛える瞳でハンガラ族の少女を見ている。状況が、まだよく分かっていないのか、乾いた砂の上にしゃがみ込み、指先でくるくると円を描いて遊ぶ少女を、じっと見つめている。
恩を仇で――か。
ミクの言葉が、胸の中で木霊する。
ハンガラ族にはもう一つ、生きる道があった。この厳しい状況の中、切り捨てることが可能なものが、荷の他に一つだけあった。ユーリ、ミク、サナ、ティト、そしてこの自分。彼らにとって何の縁も義理もない、これら異邦人を。
無意識の内に、テッドの口から溜息が漏れる。ミクのリャンが揺れ、ユーリの髪が流れる。抱えた決意を、今一度確認する。
このまま、ハンガラ族に殉じるわけにはいかないのだ。自分達は、何としても、この危機を乗り越えなければならない。説得して理解を得られぬようであれば、脅すことになるかもしれない。剣で脅し、銃で脅し、荷を捨てデグランの腹を裂く。彼らにとってそれは、略奪行為以外の何物でもないだろう。怒り、嘆き、あるいは怯え。それでも自分達は、そんな彼らを引きずって、町を目指さなければならない。その覚悟を、三人は、昨晩決めた。
ミクが、動く。長兄の前に立つ。
「ハルマ殿に――お話が」
「ねえ、本当に、この近くにはもう、水場はないの?」
ミクの声に被さるようにして、サナがそう言った。そしてさらに畳みかける。