蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(1)  
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「さあて」
 銃を腰に仕舞いながら、テッドが広場の中央に進み出る。
「これで俺の腕は分かっただろう? そんじょそこらの弓使い、十人分くらいの価値はあるぜ。これで決まり――」
「今のは何だ?」
 遥か彼方に消えた光の方向に、なおも顔を向けたまま、シャグ族の男が呻いた。
「今の武器は……」
 砂の上に散らばった、色とりどりの的の残骸に視線を落とす。そして、テッドを振り返る。リャンの下の、腰の辺りを伺うように見上げながら呟く。
「今のは、何だ?」
「何だって言われても。まあ、弓の凄いやつ?」
 シャグ族の男の額に、深い皺が寄る。望む答えは得られそうにないと判断し、別の質問を投げかける。
「それは、一つしかないのか? 他にもあるのか?」
「ん?」
 今度はテッドの顔が険しくなる。横目で一度ミクを見てから、慎重に言葉を繰り出す。
「それを聞いて、どうする気だ?」
「決まっている。取引だ」
 男の目が輝く。
「一つにつき、五万、いや、倍の十万バル出そう。数を集められるのなら、さらに上乗せする。十、揃えたなら百二十万バルだ。どうだ、悪い話ではなかろう」
「いや、悪いとかいいとかじゃなくて」
「よし分かった。一つ十五万でどうだ。いくら何でもそれ以上は出せない。これだけの高値なら、文句はなかろう」
「いや、だから」
「さあ、どうする? 取引するのか、しないのか?」
「だから、俺達は――」
「その金額なら、喜んで」
「お、おい」
「ミク?」
 驚くテッドとユーリを尻目に、ミクが前に進み出る。緑のリャンの裾を翻し、レイナル・ガンを取り出す。グリップ部分をシャグ族の男に向け、手渡さんとする。
「でも」
 銃を受け取ろうと腕を伸ばした男を見やりながら、ミクが言う。
「やはりできませんね。あなた方を騙すようなことは」
「騙す?」
 訝しげに、男の首が傾く。
「どういうことだ?」
「この弓は、特別な弓なのです。弓自らが、持ち主を選ぶ、とでも申しましょうか。主以外の命には従いません。つまり、あなたがこれを持っても、私以外の他の誰が持っても、この弓を引くことはできない。試してみますか?」
 ミクの銃が、男の手の中に落ちた。
「先ほど、我々の頭が為したように、その窪みに指を入れ、手前に引けば、光の矢は放たれます」
 そう説明しながら、後ろに下がる。そのミクの耳元で、テッドが囁く。
「お前さんに、詐欺師の才能があるとは思わなかったぜ」
 ミクの眉が、少しだけ動く。
「詐欺師?」
「エネルギーパックを抜いて、渡したんだろう?」
「そうでもしなければ」
 薄い唇が、ほとんど動くことなく小さな音を模る。
「強引に、彼らに銃を奪われていたでしょう。誰かさんの、派手なパフォーマンスのせいで。少しは周りを見て下さい」
 テッドはミクの言葉に従って、ぐるりと周囲を見渡した。見物人達がたくさん集まってきたことは知っていたが、微妙に景色が違っている。いつの間にか人垣の前面が、一様になっている。老人や子供、そういう者達は後ろに追いやられ、いかにも腕っ節に自慢のありそうな者達ばかりが、前列を陣取っている。
 そのうちの一人が、荒々しい声を出した。
「それは、壊れているんじゃないのか!」
 どう弄っても、銃の力を解放できない男の姿に群集が苛立つ。
「あっちの男の銃で試し――」
「壊れてなどいませんよ」
 凛とした声を放ちながら、ミクは銃を持つ男の側へと歩み寄った。
「私が撃ちます」
 その後のミクの手際は、鮮やかだった。
 男がしぶしぶ銃を渡す。それを、伸ばした左手で受け取る。と、その瞬間、リャンが翻り、ミクの右手が撥ね上がるようにして銃をつかんだ。かちっと、掌に忍ばせたエネルギーパックの装着される音が響く。が、実際にその音を捉えた者は、一人もいなかった。
「行きます!」
 と、切れのいいミクの声に阻まれて、誰の耳にも届かない。
 高く振り上げたミクの手が、水平に伸ばされる。エネルギーパックを押し入れた銃の底を、手の腹で軽く弾き、正しく持ち変える。
 閃光が、崩れた壁を粉砕する。
 息を殺し、その威力に目を丸くする見物人達に向って、ミクは穏やかに言った。
「どうです? 壊れてなどいないでしょう?」
「どっちが派手なパフォーマンスなんだよ」
 声になるかならないかの息を漏らしたテッドに、サナはくすりと笑った。慌てて口元を押える。すぐ近くの見物人達に、この音が聞こえはしなかったかと心を配る。彼らのことを笑ったなどと、勘違いされてはいないかと。
 しかし、シャグ族達はみな、崩れた壁に心を奪われていた。そこに、ミクが止めを刺す。
「この力は、私達と共にあります。もし、必要だというのなら、お貸ししましょう。先ほどの条件で」
 シャグ族の男の目が、ゆっくりとミクに据えられる。迷うように一度、視線を砂地に落とす。が、すぐに男は顔を上げ、にやりと笑った。
「いいだろう。お前達を護衛に雇おう。無事、クルンガラまで荷を届けることができたなら、その帰り道、ソーマの目に案内してやろう。それでいいな」
「結構です」
 ちらりとミクがテッドを見る。
「――と、頭が申しております」
「ラド、ゴラ!」
 男の声が、さらに高く響く。
「町に行って、ありったけ注文を取ってこい。今度の仕事は俺も出る」
「おう」
 呼ばれた者だけではなく、皆がそう声を揃えた。期待を含んだ華やかな響きが、ユーリ達の耳にいつまでも残った。

 

 
 
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