蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(2)  
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「あっ」
 そう小さく息を呑んだ瞬間、風が唸りを上げた。ガジャの放った矢が、丘を貫く。水飛沫のように散った砂の合間に、黒い影が覗く。そして沈む。
「セガピムだ!」
 ガジャの叫ぶ声に、弦の震える音が重なる。一直線に飛んだ矢が、砂の丘の上で、高く跳ね上がったセガピムを射止める。
「くそっ、思ったより動きが速いな」
 舌打ちしながら、テッドは銃を撃った。閃光が地を這うように走り、丘を抉る。吹き上げられた砂の粒が、煙のように膨れる。その砂粒のカーテンから、セガピムの赤茶けた体が飛び出た。丘の斜面を滑るように下る。表面を伝うのではなく、砂に体半分ほど沈めては、飛魚のように跳ねながら迫ってくる。姿はまるで、エイのようだ。鳥が羽を羽ばたかせるかのように、その平たい身の端を反り返しながら、砂の波の上を飛ぶ。
 テッドの銃が、また一匹、セガピムを沈めた。ミクの銃が、それに続く。だが、まだ群れの動きは止まらない。丘のふもとまで、もう後わずかだ。
「先頭を狙え!」
 ガジャの怒声に、弓と銃がいっせいに咆哮を上げる。砂煙が空まで上り、雲と化す。
「待て」
 弓を引き絞ったまま、ガジャが言った。みなの攻撃が、いったん止まる。砂の煙幕に包まれたうねを、息を殺してじっと見る。
 ユーリは一人、目を閉じた。意識を放つ。そのまま滑らせる。乾いた大地に濁流が溢れるように、広く押し広げながら砂のうねに迫る。丘の中腹、赤い色が一つ、跳ね上がって落ちるのを捉える。だが――。
「なんとか、追い払えたようだな」
 長のその声に、ユーリは目を開け、長く息を吐いた。その横で、テッドが構えていた銃を下ろす。最後のセラピムが、深く砂の奥に逃げ帰った場所を見つめながら呟く。
「どうやら俺達はついていたようだな。二十匹――も、仕留めてねえだろう」
「その通り」
 高い声で、ガジャが答える。
「俺が四、ラドとゴラがそれぞれ二。女も二、お前が四。そして……」
 ガジャの目が、すっと動き、ユーリに据えられる。
「その小僧は役に立たんな。砂煙を撒き散らすだけで、一匹も殺せなんだ」
「まあ」
 項垂れたユーリを横目で見ながら、テッドが言う。
「こいつは、接近戦の方が得意だから」
「俺は、弓使いしかいらんと言ったはずだ。役に立たぬ者を連れ歩く余裕はない。ただでさえ」
 硬いガジャの顎が、一方向をぐいっと指す。
「ガキ二人を引き連れているんだからな」
「そうは言うが」
 テッドは腕を組み、サナとティトを振り返った。少し後ろに下がるように離れていた二人には、ガジャの声は聞こえなかったらしい。お蔭でややこしくならずに済んだとほっとしながら、長の方に向き直る。
「砂漠の敵は、セガピムだけじゃねえだろう。盗賊団相手となれば、戦い方も違ってくる。役に立つか立たないかの判断は、その時にしてくれ。とにかく今は、さっさと先に進もう。ぐずぐずしてると、また奴らが――」
 琥珀色の瞳が、再び砂のうねに向けられたところで固まる。
「影が……」
「何?」
 鋭くガジャは言うと、うねを顧みた。穏やかな表情を取り戻した砂丘の頂上に、七つほど影が並んでいる。
「盗賊だ」
 押し殺すような声で呟いた長の顔に、緊張が走る。それぞれが、再び弓を、銃を構える。しかし、しばらくそこに佇んでいた影は、やがてゆっくりと、丘の向こうに消えていった。
「……ふん」
 安堵を交えて、ガジャが鼻を鳴らす。
「どうやら、さっきの戦闘を見ていたようだな。俺達の力に恐れをなしたらしい。つまり、少しはその小僧も役に立ったわけだ。派手に砂を巻き上げてくれたからな。ははっ」
 高い笑い声を残し、ガジャはまた列の先頭へと駆けて行った。
「まあ、結果良ければってやつだな。気にするな、ユーリ。お前の銃が役に立たないことは、昔からよ〜く知ってるから」
「テッド」
 抗議の意を含むミクの声を無視して、テッドはデグランを進めた。軽く首を横に振り、ミクがユーリに微笑みかける。その気遣いに、笑顔で応えながら、ユーリは銃を仕舞った。そして後悔する。訓練学校時代に、もう少しまともに銃が使えるよう、精進するべきだったと。

 

 
 
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