蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(3)  
             
 
 

「うわっ」
「ぐわっ」
 目の前の男に被さり、背後でそう声が響いた。
 テッド――?
 振り向き、そして一つ息をつく。悲鳴を上げたのは、敵の方だった。剣を握り締めていたであろう右腕をかかえ、呻いている。傍らには、銃を構えたままのテッド。視線を合わせ、互いの無事を確認する。そして、サナの元に駆け寄り、跪く。
「おい、怪我はないか?」
「大丈夫?」
 震える手でティトを抱きながら、サナは顔を上げた。すぐ側に、ユーリが足を払った男が倒れている。血塗れのその足が、砂地を黒く染める。それを、囚われたかのように見据えながら、サナは掠れた声で答えた。
「大……丈……」
「そこまでだ!」
 強く流れてきた声に、サナの唇が動きを止める。ユーリとテッドが、同時に立ち上がる。
 引き倒されたデグランが、苦しそうにもがいていた。その横には、緑のリャン。この地の女性であれば、常に隠しておかなければならない髪が、風を受けて靡いている。
 その赤い髪の向こうに、声の持ち主は立っていた。裾を軽く絞った、白い衣の上下。腰には黒い帯。そこから、剣を納める鞘が下がっている。服装から察するに、ソン族ではない。それが証拠に、彼は公用語とは異なる言葉で叫んだ。
「こいつの命を助けたければ、武器を捨てろ!」
 長剣を、ガジャの首元に突き付けわめく男に、ミクが唇を噛む。
 あの時、砂が巻き上がるのを認めるより早く、ミクは体を後ろに倒した。デグランがぶるっと鼻を鳴らし、崩れる姿を目で捉えつつ、飛び退く。砂色の中に、銀の光が煌くのを受けて、ミクはその場に屈み込んだ。左足を軸に、右足を水平に大きく伸ばしたまま、体を回転させる。太刀でなぎ払うように、ミクの右足が砂地を洗う。
「うっ」
 小さな呻き声を上げて、対象物がひっくり返った。足をすくわれ、肩から落ちるように転がる。
「ぐふっ」
 すかさず首元に入れられたミクの肘鉄に、相手はそう息を漏らした。そこで初めて、敵が何者かを知る。
 砂漠の、盗賊――。
 視界の右端で、何かが光る。ふわりとミクが、体を流す。ぎらつく刃が、鼻先を掠めるように過ぎていくのを見送り、一気に前に出る。刃の先の腕に向って、強く右肩を入れる。
「やっ」
 短い掛け声と共に、ミクはその腕を全身の力を使って引いた。盗賊の大きな体が面白いように宙に舞い、地響きを伴って砂に埋まる。その時だった。別の刃がラドの短剣を弾き、脳天目掛けて打ち下ろされようとするのが見えたのは。
 とっさにラドを抱え込む。飛び込んだ勢いのまま、砂に転がる。何度ももんどりうち、ようやく回転を止めた瞬間、ミクは呻いた。右太腿に滲む鮮血に、顔をしかめる。
「――なぜ」
 囁くようにラドがそう呟いたが、それは別の声に遮られた。
「そこまでだ!」 という、その声に……。
「くそっ、ここまでか」
 背後の声に、ミクの顔が動く。赤い髪が流れ、テッドを見る。
「そのようです」
 冴えた緑の目が、声にはなかった指示を出す。それを、軽く首を竦めることだけで受けると、テッドはユーリを振り返った。
「分かった」
 小さく頷き、ユーリは盗賊の方を向いた。手に持った剣を、一度大げさに翳してから、それを置く。その隙に、テッドとミクは、銃からエネルギーパックを抜いた。さらに、ばさりと音を立てリャンを翻し、敵の注目を引く。ミクはその身にもう何もつけていないことを、テッドは腰にぶら下がった短剣を見せる。
「武器を全て、捨てろ!」
 苛立つような盗賊の声に、テッドはゆっくりと頷き、短剣を置いた。その横で、ユーリも銃を置く。テッドとミクの動作に敵が引きつけられている間に、無事、エネルギーパックを抜いた銃を。
 ラドとゴラが、歯軋りしながら長弓を投げ出すのを見届け、後ろに下がる。横に並んだミクに、テッドが囁く。
「おい、大丈夫か」
「かすり傷です。それより――厄介なことになりましたね」
 ミクの険しい視線の先で、盗賊が銃を拾う。見よう見真似で弄り回すが、もちろん何も起らない。ガジャが引きずられ、そこに荒い声が浴びせられる。しかし、投げかけられた問いに対する、彼の答えはこうだった。
「その武器は、持ち主にしか使えない、特殊なものだ。あの異邦人しか力を解放できない。お前達では――」
「黙れ! がちがちとうるさいぞ」
 盗賊は、ガジャの首元をつかんだまま、ぐいっと引き寄せた。
「キョーメ(砂虫)が」
 吐き捨てると同時に、大きく後ろに突き飛ばす。砂に塗れ、ガジャが転がる。
「さて」
 一人の盗賊が、ユーリ達の方に歩み寄った。七人いる仲間のうちでは、一番若く見える。この地の者の特徴である口ひげが、その顔に貫禄を与えてはいるが。肌が、表情が、何よりその目が、ともすれば未熟とも思える危うさを湛えていた。
 真っ直ぐな目をぎらつかせ、男がユーリ達を値踏みする。じろりと一通り見渡し、言葉を紡ぐ。

 
 
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