蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第三章 誇りの在り処(3)  
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「参ったな。置いてかれちまったぞ」
「サナとティトだけなら、何とかジェダの村まで行くことができますね」
 デグランの背に残る荷を素早く確認し、ミクが言った。
「おそらく彼らも、そのつもりだったのでしょうが」
 パルコムを操作する。
「例の、サナの地図によると。この近くに二つばかり、水場があるようですが」
「ああ、だが、この位置なら」
「こっちの方が、近いね」
 ミクとテッドに倣って、自身のパルコムを覗き込みながら、ユーリが答えた。ふんとテッドが鼻を鳴らす。
「お前も大した役者だな、ユーリ。これがあるから、あんな啖呵、切ったんだろう?」
 だが、ユーリはその言葉に対し、きょとんとした目を向けた。
「お、おい、お前、まさか」
「ごめん」
 ユーリの目が、一つ瞬く。
「今、気がついた」
「ってことは、何か? お前、本気で……全員、ここで干からびてしまうかもしれない覚悟で、そんな――」
「だから――」
 ユーリが俯く。
「ごめん」
「……お前ねえ」
「まあ、いいじゃないですか」
 ミクが口を挟む。
「そうはならずに、済みそうなのですから」
「しかし、世の中要領ってもんがあるだろう。真正直なだけじゃ、この先、命がいくつあっても」
「その時は、そうならないようにすればいいことです」
 さらりと言い放つミクに、テッドとユーリは互いに顔を見合わせた。
「ひょっとして、お前さん」
「始めから、気付いていたんだ。アリエスに近いってこと」
「もちろんです」
 落ち着き払った声で、ミクが続ける。
「それにしても、幸運でしたね。もう少し違う場所で襲われていたら、彼らの要求をのむ振りをしなければならなかったでしょう。その場合、果たして振りだけで済んだかどうか……。ともかく、今は先を急ぎましょう。アリエスが、私達の望む形で残っていなければ、この地図の水場を頼りに、砂漠を乗り切らなければなりません。無駄な時間は、一瞬たりともないのですから」
「そりゃ、そうだが」
 まだ大いに不満の残る顔で、テッドはサナを担ぎ上げた。続けてユーリが、ティトをデグランに乗せる。
「おい、お前らも行くぞ」
「俺――達も?」
 振り返り、そうテッドが言ったのを受けて、ガジャがのろのろと立ち上がる。
「俺達――も?」
 同じ言葉を繰り返すガジャに、テッドは焦れたような声をぶつけた。
「ああ、そうだ。というか、なんでそんなことを聞くんだよ」
「なんで――って、俺達はシャグ族だぞ」
 ガジャの顔が卑屈に歪む。
「お前達が目指す場所に、どれほどの水があるかは知らないが、この枯れた大地で限られたものであることは確かだろう。俺達に分け与えるものなどないはずだ。そう、たとえ、ニンダマーヤの町のように、溢れるほど水を湛えた川があったとしても……。なのに、なぜ、連れて行く? そもそも、なぜ助けた? シャグ族など、捨て置けばいいだろう。一人死のうが、二人死のうが、盗賊どもに屈する必要はなかったはずだ。俺達は、お前達とは違うのだから」
「違う?」
 口の端を大きく引き下げながら、テッドが腕を組む。
「何が違う?」
「違うだろう。俺達は、シャグ――」
「いいか」
 ぐいっとテッドはガジャの襟元をつかんだ。
「ようく見ろ、俺の顔を。目が二つ、鼻が一つ、口が一つ付いている。お前と一緒だ」
「……し、しかし」
「体だってそうだ。手が二本、足も二本。これだけ似てりゃ、同じだろう。それに――」
 琥珀色の瞳が、真摯に光る。
「命が一つ」
「…………」
「これ以上、俺に何も言わせるな。うだうだ言ってないで、行くぞ」
「そういうことです」
「うん」
 向けられた笑顔に、ガジャはまだ迷っていた。何かを確かめるように、自分の手を見る。かさぶたのついた、人とは異なる手。明らかに異なってはいるが、それは間違いなく手だった。
 膝を立てる。砂地に足を踏み出す。この足も、人とは違う。しかし、違っていても人と同じように歩くことができる。人と共に進むことができる。
 できるのだ――。
 光と影が織り成す砂漠のうねを、一頭のデグランが進み行く。その傍らに連なる影は、全部で六つ。互いにかばい合うように寄り添いながら、影は南に向って突き進んだ。

 

 
 
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