蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第四章 闇の塔(1)  
              第三章・三へ  
 
 

 

 <闇の塔>

      一  

 時が止まったかのような静寂が、目の前に横たわっていた。赤い夕陽に照らされた砂漠は、その色を吸い、どこか硬質な輝きを放っている。深みのある真紅の石を、可能な限り磨いたかのような光景。なだらかで滑らかな造形が続く中、一つ、異質なものに目が止まる。硬い煌きは、砂と同じ。だが、その形の持つ鋭さは、周りにはないものだ。
「……アリエス」
 身のほとんどを砂漠に沈めたその船に、呻くような声が同時にかけられる。不思議そうな表情で立ち止まったサナやガジャ達を置いて、ユーリ達の歩みが速まる。両腕を、大きく水を掻くかのように揺らし、足元に纏わりつく砂を蹴る。息を弾ませ、懸命に駆ける。
「……駄目か」
 真っ先に辿りついたテッドが、そう失意の声を上げた。遠目からでも、それは確認していた。砂に覆われた輪郭が、記憶にあるものと明らかに違っている。胴体の少し前、ちょうど翼の付け根部分が折れている。皮がめくれるように剥がれたその箇所に、容赦なく砂が流れ込んでいるのを見て、テッドがもう一度溜息をついた。
「さすがに、ちょいと修理してってわけにはいかないな。ここまで破損していると」
「仕方ありませんね」
 どこまでも冷静な声で、ミクが言う。
「飛ぶことは諦めましょう。それより」
 めくれたチタン合金の皮を、さらに上へ押しやりながら、ミクはその身を船内に滑り込ませた。
「使える物を運び出しましょう」
「そうだな。まずはレイナル・ガン。それに確か食料も、ここに少し積んでいたはずだ。おい、サナ」
 テッドは後ろを振り返った。
「ちょっとここで休憩だ。この船の影に――」
 と、そこまで言って、やれやれと首を振る。
「大丈夫だ。別に変なもんじゃない。だから、こっちに」
 しかしサナは、デグランの歩みを止めたまま、一向に近付こうとはしなかった。それはシャグ族達も同様で、少なからずの驚きの表情を浮かべ、遠巻きに見ている。
 無理もない。形にしろ材質にしろ、彼らにとってアリエスは未知なる物だ。加えて大きさも脅威だろう。小型船とはいえ、全長32.41メートル、翼を含む横幅は28.92メートルの代物だ。なにがしかの化け物に見えても、仕方がない。
 テッドはそう解釈すると、強引にサナ達を呼び寄せることを諦め、ミクの後を追った。その背に向って、遠く声が響く。
「あれは、何だ?」
 サナの腕の中で、一人元気なティトが叫ぶ。
「あれは、何だ?」
「ティ、ティト」
 前に身を乗り出したティトに反応し、デグランがふらふらと歩みを進める。慌てて止めるが、サナ達はユーリの直ぐ側まで来てしまった。
「これは鳥か? 鳥の骨か?」
 きらきらと輝く瞳でユーリを見下ろしながら、ティトがさらに畳みかける。
「でも、魚のようにも見える。シャンティアムの北、オルバイン湖の底にいるバラウベという魚が、こんな形だ。海にはもっと大きなラダウというのがある。それでもこんなに大きくはない。ヨロバソだって、これほどでかくはないぞ。ヨロバソは、海で一番大きな生き物だ。おいらは見たことがないけど、パペのクドーは見たって」
「これは船だよ、ティト」
 放っておくと、いつまでも口を動かしていそうな興奮ぶりに、ユーリは笑顔を作った。
「僕らの船だ」
「船?」
 ティトの好奇心に満ちた目が、いっそう大きく見開かれる。
「船――なのか? こんな形で、どうやって浮くのだ? 帆柱はどこだ? 帆が張れないと、進めんぞ」
「帆柱は必要ないんだ」
 真っ直ぐなティトの眼差しに、ユーリの笑顔がさらに弾ける。
「これは、空を飛ぶ船だから」
「空を……飛ぶ……」
 その大きな目に負けないくらい、真ん丸く開いた口が一気に言葉を吐く。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第四章(1)・1