蒼き騎士の伝説 第四巻 | ||||||||||
第四章 闇の塔(1) | ||||||||||
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「飛ぶのか? 飛ぶのか? これで飛ぶのか?」
「おい、ユーリ。サボってないで、さっさと手伝え」
「あ、うん」
船の中から腕だけを出して、そう呼びかけたテッドに、ユーリは頷いた。中に入るべく、体を前に屈める。と、その首に、ティトの手が絡みつく。
「おいらも中に入る! おいらも飛ぶ!」
「ちょ、ちょっと、ティト。危ないわよ」
しかしティトは、遮るサナの手を払いのけ、そのままユーリに抱きついた。
「いいけど。でも」
小さな体を抱きかかえながら、ユーリが少し困った顔をする。
「これは、壊れているから飛べないんだよ」
「飛べないのか?」
「ごめんね」
ティトの髪を優しく撫でる。口元を大きく尖らせているその顔に苦笑しながら、サナの腕の中に戻す。思わずサナが、一言を漏らす。
「いい加減にしたら? ティトをそんな風にからかうなんて、ユーリらしくないわ」
「カラカウ?」
ティトの瞳が丸く膨らみ、サナを見上げる。
「カラカウとは、何だ?」
「それは、つまり――ユーリが、嘘をついて」
「嘘?」
ティトの小首が傾げられる。
「ユーリは嘘をついたのか?」
「当たり前でしょう。こんなのが、空を飛ぶわけないじゃない」
「飛ばないのか?」
「そうよ」
「飛べないのではなく、飛ばないのか?」
「そう」
「何でそれを、お前が知っている?」
「それは……」
「何でユーリはそんな嘘をつくんだ?」
「だから、それがからかうっていう」
「何で、ユーリはカラカウんだ?」
「つまり、それは――ちょっとユーリ、逃げないでよ」
「そうじゃなくて、手伝わなきゃ」
楽しげな会話を繰り広げる二人の側を離れ、アリエスに半身を入れながらユーリは笑った。
「この勝負、君の負けだね」
「負けって――わたしは」
「それに」
ユーリの笑みが、満開となる。
「僕は嘘をついてなんかいないよ。からかってもいない。全部、本当のことだ。そして、もう一つ」
漆黒の瞳が、楽しげに煌く。
「ティト、これはね。海の中に潜ることもできるんだよ」
二つの息が、同時に響く。一つは、淡紅色の唇から漏れ出た、呆れたような吐息。もう一つは、小さな丸い口がひゅうと息を呑む音。その、呑まれた方の息が、音を伴って吐き出される。
「潜る? 海の中を? 泳ぐのか? 魚みたいに? どうやって? どうやって泳ぐんだ?」
ティトの疑問は止まらない。しかし、肝心のユーリは、すでに奇妙な物体の奥深くに、その身を隠してしまった。サナの頬が、不満そうに少し膨れる。
仮に百歩、いえ千歩、ううん、一万歩譲って、ユーリの言ったことが嘘じゃないとしても。からかったわけではないとしても。
「どうやって泳ぐ? どうやって飛ぶ?」
面白がっているのだけは、確かだわ。
姦しく鳴き続けるティトをぎゅっと抱きながら、サナは特大の溜息をついた。