蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第四章 闇の塔(2)  
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      二  

 単調な景色に変化が現れたのは、二日前からだった。アリエスの元を離れて八日、砂だらけの世界に、大きな起伏ができる。最初はこぶのようにごつごつとした岩がまばらに並んでいたのだが、やがて見上げるほどの黒い岩の林が視界に入ってきた。砂の質にも違いが起る。少し濃い、ざらついたものとなる。岩の色味が、砂の上にも染み出ているかのようだ。
「あの一番大きな岩山の右。尖った石の先が指す方向に進むんだ」
 ガジャの声に従い、デグランを進める。全部で三頭。アリエスを後にした時よりも、二頭増えている。
 船の残骸から、いくばくかの物資を調達したユーリ達は、その後の進路に悩んだ。来た道を辿り、ニンダマーヤの町まで戻るには距離があった。途中、立ち寄れる村までも遠い。デグラン一頭では運べる量に限りがあるし、ほとんどの者が徒歩となると、当然歩みも遅くなる。何より、またあのセガピムが潜むうねの側を通らなければならない。レイナル・ガンは確保したものの、他の武器を一切持たない一行にとって、それは自殺行為であった。
 かと言って、クルンガラへ進むわけにもいかなかった。荷は、失われた。頼る者もいない。アリエスから持ち出した物を売れば、多少なりとも金を手にすることができるかもしれないが。全員が無事、ニンダマーヤまで戻れるだけの額となる保証はなかった。
 そんな時、ガジャが意外な提案をする。ここから南西に進めば、いくつかの村落がある。それらを経由し、ぐるりと回り込むように東に向えば、ハラトーマに出ることができると。
「ハラトーマの街って」
 地図を見据えながらテッドは呟いた。
「南周りのルートがあるなんて、知らなかったぜ。こっちの方が、クルンガラにも近いじゃないか」
「近いのは、距離だけだ」
「ん?」
 疑問の表情を乗せて、テッドはその顔をガジャに向けた。
「どういう意味だ?」
「通常、この道は使わない。誰も近付かない。人はもちろん、俺達シャグ族も。すぐ近くに、ソーマの目があるからな」
 ではなぜ、そんなところに村があるのか、という問いを、ユーリ達はしなかった。これまでの経緯から、大方の察しはついた。間違いなく、その村はロナ族の村ではない。ロナ族に与する部族も、そんなところには住まないだろう。虐げられた者達、迫害されし者達の辿りついたところが、ソーマの目なのだ。常に砂嵐に覆われた大地。人を地中深く誘い込む悪魔が棲むとされる土地。その危険な地が、逆に彼らを守っているのだ。純朴な、心優しい彼らを。
 まるで、鉈で割ったかのような断面を見せる奇岩を正面に据え、突き進む。近付くにつれ、その大きさに圧倒される。同じ感覚を覚えたのか、引き連れたデグランが落ち着きをなくし、その場で足踏みをする。首を摩り、ひとしきり宥めてから、ユーリは間近に迫った岩を仰ぎ見た。
 南に進路を取り、最初に訪れたところはドル族の村だった。あの、盗賊達と同じ種族。しかし、穏やかな表情をした村人達の生活を支えていたのは、盗みなどではなかった。点在する小さな水場を渡り歩く生活。デグランに加え、ヤギのような家畜を引き連れているのが特徴だ。それだけで十分な糧が得られない場合は、何人かの男達がデグランと共にクルンガラまで旅に出る。この辺りの岩は、磨けば漆黒の輝きとなり、それなりの値が付けられるとのことだった。
 ただし、ドル族に商売をする権利はない。町に入ることすら、許されていない。取引は、闇の中で行われる。場合によっては、そのまま帰らぬ人となることも、覚悟をしての旅だった。
 ユーリ達が訪れた時、村には五頭のデグランしかいなかった。残りは全て、出払っていた。にも関わらず、その内の二頭をユーリ達は譲り受けた。金はもちろん、持ち合わせていない。仮に盗賊に襲われる前であっても、それに見合う金額を払えたかどうかは疑問だ。
 ハラトーマに戻ったら倍にして返す、という言葉を、そのまま信じたわけではないだろう。無論、裏切るつもりはなく、可能なら三倍にも、四倍にもして返したいと考えてはいるが。彼らは多分、そんなことを期待していないだろう。願っているのは、無事に仲間が戻ること。この砂漠を旅する者達が、元気に家族の元に帰ること。その者が、ドル族であろうが、ロナ族であろうが、人と違う種族であろうが、関係はない。旅人は、みな彼らの同胞であり、家族である。それゆえ、彼らは屈託のない笑顔を添え、ユーリ達を持て成した。なけなしの食料と、古びた剣と、小さな弓と一緒に、貴重なデグランをも彼らは差し出したのだ。

 
 
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  第四章(2)・1