蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第四章 闇の塔(2)  
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 聳え立つ岩の足元を、静々と進む。誰もが自然と口を噤む。人が踏み入れてはならぬ聖地に挑むような緊張感が、その身を襲う。
 いや、聖地などではない。あれが――。
「あれが……ソーマの目」
 ユーリの呟きに、みなの動きが止まった。視界を占める、渦巻く砂を見上げる。不思議とそれは、ある一定の高さまでに止まっていた。壁のようにも見えるが、表面がうねるように波打っているので、もっと柔らかなものに喩える方が適切だ。帯? カーテン? だが、それではこの質感と、色の表現ができない。
 まるでこれは、地上のオーロラ……。
 一つの言葉を導き出し、ユーリは目を細めた。
 一体どういう光の加減なのか。砂は淡い緑色を映しながら、空に向かってはためいていた。明るい陽射しの下で、冷えた感触を湛えたまま光る。あまりにも細かな粒子は、その一つ一つが不確かで、余計に現実感を損ねている。近付いて手で触れれば、存在自体が消えてしまうのではないか。そう思わせるほど、朧だ。
 そのオーロラが、風を抱く。
「あっ」
 驚きの声が、ユーリの唇から漏れる。砂のオーロラが、突然動いたのだ。百メートルほど先にあったはずのものが、ほんの三十メートルほどの場所まで駆け、靡く。さらに、
「おい、また向こうに行っちまったぞ」
「ええ」
 テッドの声に、ミクが頷く。
「どうやらソーマの目とは、ただ一地点を指すわけではなさそうですね」
「そうだ」
 ガジャが頷く。
「ここら一帯、全てがソーマの目だ。光る砂でできた、目玉が動くところ全て」
「なるほどね……で」
 テッドが腕を組む。
「肝心の塔はどこだ?」
「当然、あの揺らめく光の向こう、ということでしょうね」
「つまり、このまま進めってわけか」
 ミクの答えに軽く肩を竦めると、テッドはシャグ族達を振り返った。
「ということだ。ここまで助かったぜ。じゃあ」
「じゃあ?」
 ガジャが、かさついた顎を突き出すようにして声を上げる。
「まさか、あの中に入って行くつもりじゃないだろうな」
「そのつもりだが?」
 テッドの言葉にガジャの顔色が変わる。
「馬鹿な。道々、話しただろう。あの中には恐ろしい化け物が住んでいると。そこに踏み入った者全て、砂の中に引きずり込んでしまう怪物が」
「だろうな」
 テッドが無精髭を撫でる。
「今までの経験からすると、間違いなく、なんかいるだろうな」
「……お、おい」
「まあ、そう心配しなさんな。気持ちは嬉しいが――っと」
 サナ達の乗るデグランが、足を乱す。それを落ち着かせながら、テッドが続ける。
「何がそこに潜んでいようと、俺達は行かなくちゃならない。そのために、はるばるここまで来たんだからな」
「しかし」
 ガジャがなおも食い下がる。
「子供二人も連れて行くのか? こんな小さな子まで」
 一瞬、テッドが言葉に詰まる。ミクもユーリも、それは同じだ。黙してしまった三人に代わって、サナが答える。
「行かなければいけない理由が、わたしにもあるの。あの砂の向こうに、わたしにしかできないことがある。だけど、ティトは……。でも、ティトだけここに残すわけにはいかないし」
「おいらも行くぞ」
 恐らく事の半分も理解していないであろうティトが、一人元気な声を出す。
「おいらにもやることがある。ご婦人を守らなければならない。か弱いご婦人を、二人」
「おい、ミク。ちゃんとお前さんも勘定に入っているみたいだぜ」
「無駄口は、そこまでにして下さい」
 ミクがテッドを一蹴する。その横で、ユーリが微笑む。
「心配してくれて、ありがとう」
 澄んだ瞳を、ガジャに向ける。
「もう、行くね」
「……分かった」
 ガジャが唸る。
「じゃあ、行こう」
「え?」
「何をしている。行くんだろ?」
「行くって、お前達も行くのか?」
 驚くテッドに、ガジャがふんと鼻を鳴らす。
「何だ、それは。まさか、シャグ族にはもう用がないと言うつもりじゃないだろうな」
「そうじゃなくて。お前らは、ソーマの目には――」
「これは何だ」
 テッドの目の前に、かさぶたに覆われた手を翳してガジャが言う。
「これは、何だ?」
「何だって……手?」
「そうだ。これは手だ。二本ある。この足も二本。体が一つ、頭が一つ」
「……って、お前……」
「そして、命が一つ」
 力強くそう言い切り、ガジャが笑う。
「行くぞ、共に。ソーマの目だろうが、どこだろうが、一緒についていく。無事、ハラトーマの街に辿りつくまで、どこまでも。お前達もいいな、ラド、ゴラ」
 返事はなかった。ただにやりと笑って先を行く。デグランを巧みに操り、進む。
 その小柄な体に頼もしさを覚えながら、ユーリ達も後に続いた。妖しく揺らめく砂のオーロラを、その瞳に映しながら。

 

 
 
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  第四章(2)・2