凛とした響きが、テッドの口を封じる。剣が、砂地に突き立てられる。まるで波紋を描くように、砂がユーリの周りで渦を巻く。緑色の膜が、押し広げられる。
「みんな、離れるんだ!」
全員が後ろに飛び退く。勢いを増す砂の渦に呑み込まれぬよう、下がる。みるみるうちに、目の前の景色が変わる。まるで、巨大な蟻地獄。その中心に立つ、ユーリの姿が徐々に沈む。
唐突に、渦の動きが止まった。風が、止む。あの妖しげな光を伴う砂のオーロラは、ユーリの作った穴の外へと押しやられ、一行を囲むように揺らめいている。
銃口を穴の方向に据えながら、テッドはごくりと唾を呑み込んだ。自身の音に、もう一人の音が重なる。ミクだ。さらに、ガジャの弓が、限界まで引き絞られた音が加わる。
それらを強く鼓膜に感じながら、テッドはユーリを見た。集中する。その瞬間を逃すまいと、気を張る。
さらりと。
風のない空間で、ユーリの黒髪が流れた。その軌跡を遡り、視線を伸ばす。すり鉢状の砂の断面、薄っすらと規則正しくついている細い筋が、大きく歪にへこむ。
白い閃光によって撃ち抜かれた砂が、柱となって高く吹き上がった。その中心が、ぬめるように光る。砂よりも淡い、白に近い象牙色の体。手はない、足もない。とてつもなく大きな筒状の、みみずのような生物。その体が、空中でくねる。筒の先端、直径一メートルはあろうかという、真っ赤な口を押し広げたまま、ユーリの上に落ちる。
二つの閃光が、再びその横腹を貫いた。大きくよじれた体に、ぶすりと矢も突き刺さる。悲鳴を上げるかのように、傷口から濃い緑色の体液が、大量に吹き出る。その飛沫に打たれながら、ユーリは腰を落とした。そして、背後の空間を切り裂く。今まさに、砂の中から飛び出ようとしたもう一匹を捉える。
剣は、ぱっくりと開けた赤い口の上っ面を、鋭く裂いた。口の周囲にびっしりと生えた、触手のような黄色い管が、ばらばらに千切れて飛ぶ。その一つが、ユーリの頬を掠める。途端、痺れるような痛みを感じ、ユーリは顔をしかめた。
「ユーリ!」
声と同時に、テッドのレイナル・ガンが光を放つ。地響きを立て倒れる一匹目の下腹を抉り、ユーリのすぐ脇を過ぎ、頭だけ出した二匹目を粉砕する。すり鉢状の穴が、また大量の緑に染まる。
「ふん。思ったよりあっけないな」
「まだ、二匹残っています」
テッドの軽口を鋭い声で制すると、ミクは銃を構えたまま一歩前へ出た。
「ユーリ、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
そう、ミクがかけた言葉に背中を向けたまま答えると、ユーリは右手で頬を擦った。甲に、薄っすらと血の跡が付く。傷は、その血の量が示す通り、深くない。だが、かすり傷にしては痛みが強い。鋭いものではなく、ひりひりとした痛み。震えるような、痺れるような、そんな痛み。
ユーリは再び意識を砂に沈めた。
あのイソギンチャクのような触手には、注意しなければならない。恐らく、強い痺れを引き起こす成分が、管に含まれているのだろう。掠っただけで、この状態だ。もし、まともに突かれでもし――。
ユーリの表情が、そこで変わる。
いない?
剣を、強く握り直す。
さっきまで感じていたのに、どうして? 一体、どこに?
緑の砂に、漠然と視線を置いたまま、ユーリは懸命に気配を探った。巨大な生物の、うねる波動を捉えんとする。大きな蠕動を、地の底に探す。その気持ちが、自然とユーリの足を一歩進める。
――ん?
半ばその機能を放棄していた瞳が、ユーリに異常を知らせた。緑色の砂の海がぷつぷつと泡立つ。小さな無数の穴が、その表面を覆う。