蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第四章 闇の塔(3)  
           
 
 

 レイナル・ガンから放たれた光が、砂の上を走る。だが、その時すでに、ユーリの姿は黄色い煙幕に遮られていた。砂の下から跳ね上がるように現れたのは、あの、大量の黄色い触手。くねくねと、それぞれが独立した動きでユーリを襲う。瞬く間にユーリを包む。
 まるで一つの生き物のように、それらが塊となる寸前で、表面がねじれた。強い力で弾き飛ばされる。中央に立つユーリが、剣を払った姿勢のまま片膝をつく。
「ユーリ」
「来ちゃだめだ」
 ミクの足を、掠れた声が止める。
「この触手、触れると体が……」
 ミクは、砂地を睨んだ。地に落ちた触手が、穴だけ残し、深く姿を隠すのを見やる。テッドが苛立った声を出す。
「全部銃で倒せってか。こんな数――っていうか、ユーリ、今のうちに早くこっちへ」
「動けないようです」
 ミクが強く眉を寄せる。
「あの触手、体を麻痺させる毒を含んでいるようですね。ただ、少しおかしくありませんか?」
「おかしいって、何が」
「ユーリは今、一歩も動けずにいます。私達も、攻撃と同時に歩みを止めてしまった。にも関わらず、襲ってこない。狙いを定めるにしても、長過ぎます。つまり、触手がばらばらに動いている間は、本体は逆に動けない。そしてその触手は、本体とは違い、動くものに反応するのかもしれません」
「だとしたら」
「ええ、ユーリをこちらに呼び寄せることも、逆に私達が助けに行くことも、迂闊にはできません」
「じゃあ、どうするんだ」
 今にも伏してしまいそうなユーリを守るべく、銃を構えたままテッドが言った。
「このまま永遠に立ってるわけにはいかないぞ。次に攻撃を受ければ、終わりだ!」
「その通り」
 そう相槌をうったガジャの横で、ミクの表情が、いっそう厳しくなる。
 ユーリがこのままの状態を保つのは、もう後数分だけのことだろう。水平に構えた剣が、肩で息する動きに合わせ、大きく揺れている。立てた片膝は、今にも崩れそうだ。体の麻痺が、どの程度、意識の力をも縛るのか。自分には分からないが、こうして見る限り期待はできない。テッドの言う通り、次に攻撃を受けたら終わりだ。次に……。
 ミクの目が細る。すり鉢状の砂を見つめる。ユーリの周りだけ、色が濃い。あの黄色い触手が飛び出た穴の跡だ。他の部分に、それは見受けられない。つまり、はっきりと、敵はユーリの位置を捉えていることを示している。音か、重さか、それとも熱量か。あの触手の感度はかなり精巧だ。だが――。
 ミクはガジャに向かって声を放った。
「一つ、試してみたいことがあります。あそこに残る穴より、少し外側を狙って矢を射て下さい。すり鉢状の、ちょうど中腹辺りを」
「あんな、何もないところを?」
 ガジャは、ミクが指差したところに視線を向け、そしてユーリを振り返った。
「しかし、そんなことをしたら」
「心配はいりません。ユーリは私達で守ります。もし、これが上手くいけば、次は彼を助けることができる」
「何だかよく分からんが」
 きりきりと音を奏でる弓を右に向けながら、ガジャは言った。
「やってみよう」
 言葉と同時に、矢が放たれる。一直線に飛び、深く砂に突き刺さる。「おっ」と呻くテッドの側で、「やはり」とミクが呟く。
 落ちた矢の周りに、高く上がった触手の柱。動くものをとらえる力は優秀だが、それが何者であるかの識別力はない。これなら――。
「これなら、使えるな」
 テッドの声に、ミクが首を横に振る。
「まだです、もう一つ、確認しなければ。ガジャ、今度はあの一番奥、すり鉢状の穴の外を、狙ってみて下さい」
「分かった」
 声に重ねて、また弓が唸りを上げる。しかし、力強く巨大な穴を飛び越え、未だ滑らかな砂地を抉った今度の矢は、悲劇にみまわれることはなかった。あの黄色い触手は、現れなかった。
「これで、はっきりしました」
 ゆっくりと、ミクは一歩下がった。一つ、大きく息を吸って続ける。
「あの触手は動くものに反応する。ただし、その行動範囲は、このすり鉢状の中だけ。そして、その対象物が何であるかを認識する能力はない」
「なるほど」
 ミクに倣って、テッドも後ろに下がる。
「つまりこの縁の外側にいる限り、俺達は自由に動くことができるってわけだ。で、お前さん、どうする気だ?」

 
 
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  第四章(3)・3