蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第四章 闇の塔(3)  
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 閃光が、地を這いながら煌く物体を貫いた。穴から逃れたユーリを追うように、黄色い触手が波となって吹き上がるのと、それは同時だった。波が、別の波にのまれる。炎と爆風。それらが穴の輪郭を大きく押し広げ、周囲を圧する。
 テッドはデグランの腹を強く蹴り、砂と熱の入り混じった風に背を焼かれながら、オーロラの中に飛び込んだ。熱風が、そのオーロラを舐める。荒れ狂う炎が、それをまるごと食らう。ちろちろと揺らめく炎の先端が、テッドの体を掠め取ろうとしたその時、炎が身をよじった。渦巻きながら、激しく火の粉を散らす。
 熱と風を全身に受けながら、テッドは火柱の中心を見た。はっきりとそこに形がある。本体だ。二匹いる。それが、真っ赤に染まった空間の中で身悶え、崩れ落ちる。天をも焦がさんばかりに、炎が一際高く上がる。
 余りの熱さに、汗が滲む。それとは逆に、冷たい感触を背に覚える。
 みんなは――みんなは、無事か?
 テッドは、赤い色の染みついた視界に苦労しながら、目を凝らした。まず、ミクの姿を見つける。炎から、随分と離れている。しかし、そこから伸びる細い煌きの先は――。
「いた……」
 テッドの口から、ほっと息が漏れ出た。燃え上がる火の直ぐ側に、ユーリはいた。膝をつき、剣を砂に突き立てた姿勢で、炎を睨めつけている。あたかも、その視線で炎を堰き止めているかのようだ。
 いや、ユーリならば、実際に。
 テッドはもう一度大きく肩で息をした。そしてさらに、緊張を緩める。巨大な火柱の陰から現れたガジャ達の姿。そして、幻影の消えた後に残った、見渡す限りの砂の大地に霞む、サナ達の影。
「どうやら、みんな無事だったようだな」
 真っ先に近付いたガジャに向って、そう言葉を吐く。その声に、一応の笑みを返してガジャは後ろを振り返った。
「炎が直ぐ側まで迫った時は、もう駄目だと思ったが。なぜか、急に動きを止めてくれたからな。助かった」
「ああ、そうだな」
 テッドが頷く。そして、続く言葉を別方向に向ける。
「お前さんにしては、とんでもないミスだな。エネルギーパックの量が多過ぎた。ユーリがいなければ、全員丸焦げになってたぞ」
「謝罪を要求しているのなら、いくらでも謝ります。でも今は」
 ひらりとミクが、デグランから飛び降りる。そして、後ろに乗っていたユーリが降りるのを、助けながら言う。
「ユーリが先です」
 その声に従い、テッドはユーリを見た。意識ははっきりしている。呼吸も問題ない。「痛みは? 吐き気は?」との質問に、小さく首を横に振るのを止めて、頬の傷を見る。 
 くらげにでも刺されたような跡があるが、変色し、腫れ上がっているわけではない。傷自体も浅い。手足の感覚、舌の痺れがないかを確認した上で、ようやく診断を下す。
「毒性は低いようだ。念のため患部の血を出し、少し安静にしていれば大丈夫だろう」
 安堵の息が、周囲で起る。その息に自身の吐息も重ねながら、テッドがにやりと笑った。
「ところで、謝罪の言葉がまだなんだが」
 ミクの片眉が、強く引き上がる。しかし、次に声を出したのは、ミクではなくユーリだった。
「ミクは、悪くないよ」
 唇の端にかかる傷のせいか、少し話しにくそうに訥々と言う。
「あの虫――かどうか、よく分からないけど。あの触手の体液、揮発性が高くて。それで、炎が――」
「つまり、ガソリンみたいな体液ってか?」
 左頬を済ませ、続いてユーリの右頬に残る傷口を処置しながら、テッドが言う。
「何とも不思議な生き物だな……って、今に始まったことじゃないか」
 その言葉に、ユーリが苦笑する。テッドが軽く、その頬を弾く。
「うん。麻痺はもう、ないみたいだな。よし、次は手。この分なら、直ぐに動けるだろう」
「そうか、それは良かった」
 ガジャが、ユーリの顔を覗き込みながら声を放つ。
「なら、夕刻には、次の村に着くことができるな」
「おい、ちょっと待て。俺達は」
「分かっている。塔、だろう?」
 そう言うと、ガジャはかさぶたのついた手を、一方向に向って翳した。燃え盛る炎が、その空間に残るあらかたを焼き尽くしたと見え、勢いを弱めている。熱と煙で霞む向こうに、閉ざされていた景色が姿を見せる。この広い一様な砂の海の中に、忽然と現れた影が、みなの目に映る。
 風が、強く炎を払う。くっきりとその輪郭を見せる灰色の塔を、一行はしばしの間、ただ見つめていた。

 

 
 
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  第四章(3)・5