「これは――文字?」
ミクの目が大きく見開かれる。
「エルフィンの、言葉」
冴えたグリーンの瞳が、壁に残る光の染みを追う。
「汝、我の……」
しかし、光の文字はあっと言う間に、石壁の中に呑みこまれてしまった。
「駄目です。ほんの少ししか読めませんでした」
「俺もだ。最初だけ」
「ヴァルノエン・オウア――正しきという単語があったように思ったけど」
ユーリが首を傾げる。
「とても、全部は――」
「汝、我の鍵にあらず。正しき者を示せ」
「サナ?」
「そう、書いてあったわ」
自信に満ちた瞳のサナに、テッドがふっと笑う。
「さすがだな。言語能力は、やっぱりお前さんが一番高い」
「これが専門ですもの」
サナが笑う。
「ずっと古代語の研究をしてきたのだから。多分、あなた達よりも長く……。それより、これでようやく鍵の意味が分かったわね」
「そうですね」
ミクが頷く。
「鍵とは人を指していたのですね。何某かの条件を満たした者がそこに立てば、扉は開く。そういうことでしょう」
「だが、その何某かって部分は、書いてなかったんだろう? あの文字の中には」
「ええ、言葉はあれで全て」
テッドの疑問にそう答えると、サナは左の掌の上で、読み取った文字をなぞった。
「汝、我の鍵にあらず。正しき者を示せ。ここに何かの暗号でも隠されているのかしら。単語ごと、縦に並べるとして――駄目ね。後ろから、これも駄目。母音だけを、そしてこの子音を……これも違うわ。古代、エルフィンは、十六進数を使ったという話だから、それを元に組み替えたとしても――」
「ああ、それより今は、直ぐにやれることを、先にやろうぜ」
「直ぐにやれることとは?」
自身の思考に入り込んだサナを横目で見ながら、ミクが尋ねた。その問いに、テッドが答える。
「とりあえず、一人ずつここに立つ。危険がないことは俺で証明済みだから、とにかく全員、試してみよう。まず、そうだな、ユーリ」
「僕?」
「ああ。たとえ外れでも、お前なら、何か感じ取ることができるかもしれないだろう。ほら」
「う、うん」
テッドに引っ張られる形で、ユーリは青銅の冠の中に入った。入れ替わりに、テッドが外に出る。互いに振り向き、視線を合わせる。
「で?」
「で……って?」
「何か感じるか?」
「ううん」
そう言って首を振るユーリを見ながら、テッドが首をひねる。
「おかしいな。光文字も出ない。第二ヒントとか、第三ヒントとか、最悪そういうのが出るかと思ったのに」
「テッド。まさか本気でそのようなことを?」
「ああ、そうさ」
冷ややかなミクの視線に、テッドがそう返す。
「でなけりゃ、ここで全てがストップだ。ユーリ、出ろ。次はお前さん」
「それは別に構いませんが」
ユーリと交代して、円の中心に立ちながらミクが続ける。
「試すなら、もう少し可能性の高い者を選ぶべきですね。あのメッセージがいかなる意味を持つのかは分かりませんが。この塔に入ってきた者、入り得る者に向けられていることは確かです。つまり」
やっぱり駄目かと呟くテッドの声に、ミクの声が重なる。
「私達ではなく、この地に住む者、この星に住む者へのメッセージであると」
「言えてるな。じゃあ、サナ」
「……わたし?」
「暗号解きは後にして、ここに立ってみてくれ」
「で……でも」
「心配するな」
軽く笑みを浮かべて、テッドが言う。
「何かあったら、直ぐに助けてやる。そんなに怖がらなくても」
「別に、怖がってなんかいないわ」
少し顎を引き上げ、不服そうな尖った声でそう言い放つと、サナは円に近付いた。青銅の刺の前で止まる。ひょいっとその体が浮く。