蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第四章 闇の塔(4)  
           
 
 

 テッドに抱えられ、サナは宙に浮いたまま円の中心に進み出た。
「上手くいってくれよ」
 小さく呟き、テッドはそっとサナをそこに降ろした。そして、青銅の刺をまたぎ、外に出る。その姿を見つめながら、サナも同じことを思った。
 上手くいって欲しい。この塔の秘密を解くために、エルフィンの謎に迫るために。ガーダのこと、破壊神のこと、カルタスの過去、そして未来。知りたいことを知るために。知らなければならないことを知るために。そして彼らの――テッド、ユーリ、ミク、この三人のために。
「……駄目か」
 溜息交じりのテッドの声に、サナは項垂れた。その姿勢のまま、再び宙に浮く。
「さて」
 円の外にサナを降ろしながら、意外に思うほど明るい調子でテッドが言った。
「どうする? と言っても、どうしようもないか。まさか全ての人間を、一人一人試していくわけにはいかないからな。この方法では、何も得ることはできない」
「そう結論付けるのは、まだ早いのではないでしょうか」
 すかさず口を挟んだミクの声も、不思議なほど穏やかだった。
「エルフィンの言語において、『者』とは『人』のみを指すわけではありません。人間外の種族、シャグ族やキュルバナンの民に対しても、使われるものです。試す価値は、ここにいる全ての者にあります。結論は、その後に。いえ、むしろ」
 自ら発した言葉を確かめるかのように、ミクは声を潜めた。
「可能性は、高いかもしれません。人――よりも」
「まあ、試すだけ試すという案に反対する気はないが。これでまた駄目だったら、ショックが大きいよな。範囲が人だけではなく、多種族の民にも及ぶとなると。って、どのみち一緒か。たとえ人間だけだとしても、全員当たるのは不可能だからな」
「そういうことです」
 ミクが微笑を湛える。サナは改めて、テッド達の強さに感心した。
 諦める。絶望する。そういう気持ちになることが、ないわけではないだろう。ただその無意味さを、彼らはよく知っているのだ。劣悪な状況下であればあるこそ、それはより事態の悪化を招く。無益な感情に流されることなく、合理的に事態に対処する。真っ暗な闇の中でも、自らの心で光を灯す。その術を、彼らは持っているのだ。
 ミクが、ガジャの方を向く。
「では」
 しかしガジャは、躊躇うような表情を見せ、半歩後ろに下がった。円を見つめ、ごくりと唾を呑む。と、意外なところから声が上がる。
「おいらもやる。おいらもやるぞ!」
 曇りのない声でそう宣言したティトに、一同の頬が思わず緩む。小さな勇者に誰もが敬意を表すなか、ユーリがその体を担ぎ上げる。
 しっかりと抱いたまま、共に円の中に入る。そしてそっと、ティトを降ろす。
「――あっ」
 全員が息を呑む。ティトの足が着いた瞬間、地から光が湧きあがった。とっさにユーリが抱かかえる。その体が、一瞬だけふわりと浮く。
「うわっ」
 ティトを抱えたまま、ユーリが沈む。突如底の抜けた円に、吸い込まれる。しかし、浮遊感を感じたのは、ほんの一時だった。穴の下にはらせん状の下り坂があり、ユーリはそこを滑るように落ちていった。
「ユーリ……」
「親切な作りで助かったな」
 穴を覗き込みながら、テッドが言う。
「端の方が反り返っているから、振り落とされずに済む。これで水でも流れていれば、立派なアトラクションなんだが」
「無駄口を叩いてないで、直ぐに後を」
 そう言ったミクの半身が、穴の中に消える。
「この先が、穴の底が、安全であるとは限りません」
 声だけ残し姿を消したミクに向って、テッドは小さく舌打ちをした。後ろを振り返る。
「ひとまず、お前達はここで待っていてくれ」
 即座に頷くシャグ族達の横で、サナが叫ぶ。
「待って、わたしも行くわ」
「しかし」
「そのために、わたしはここに来たのよ」
「それはそうだが。先に、安全を確認してから――」
「もし、危険だったら、わたしは行けないの?」
「って、おい」
「今さら、危ないからここにいろなんて、そんなのは無しよ」
 そう言うと、サナは一歩前に出た。青銅の刺は、もう消えていた。さらに一歩を進め、未だ納得しかねる表情のテッドに近付いたその時、穴が叫ぶ。
「テッド!」
 急いでテッドが覗き込む。その目に、三十メートルはあろうかという深い底から、見上げるミクの姿が映る。
「まだそんなところにいるのですか? 早くサナを連れて、ここまで来て下さい」
 一言言い返す間もなく、ミクの姿が坂の陰に消える。ぽりぽりと頭を掻き、テッドがサナを見る。
「どうやら安全確認は終わったようだ。先に行くぞ。幅も広いし、壁に手を宛がいながら、ゆっくり滑れば問題ないだろう」
 その声に、サナは小さく頷くと、穴の縁まで足を進め、しゃがみ込んだ。傾斜はそれほどきつくない。前を滑るテッドは、むしろ手で勢いをつけているくらいだ。その背を追うべく、体を前に押し出す。ゆっくりと、底に向って降りる。
 サナの瞳の中で、テッドの背が闇に滲もうとした時、ぼおっとそれが明るく光った。彼らがペンライトと呼ぶ光源が、テッドの肩越しで光っている。心持ち、後ろに傾けるように翳してくれているのは、自分を気遣ってのことだろうが。どうかすると、それが直接目に入ってくるので、かえって迷惑となる。
 しかしサナは、それを口にすることなく、テッドとの距離を縮めることで、回避した。直ぐ後ろを滑る。どんとその背に、足が当たる。

 
 
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  第四章(4)・3