蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第五章 沈黙の大地(1)  
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 酒にほどよく頬を染めた花婿と花嫁の表情が、急に締まる。部屋の奥、赤く丸いクッションを三つ重ねた上に座しながら、姿勢を正す。純白の衣に身を包んだ老人が、二人の前で、何やら詠うように口上を述べる。モルスと同じ言葉のはずだが、方言がきつく、意味は分からない。五分ほどそれは続き、新郎新婦は二度、床に額を擦りつけ、礼をした。
 老人が立ち上がる。
 上手く、できるだろうか。
 ユーリ達に、緊張が走る。
 段取りは、あらかじめ教えてもらっていた。大したことをするわけではない、が、こういう儀礼的な場での失敗は、後々まで尾を引きかねない。頭の中で為すべきことを、急いで反芻する。老人が、ゆっくりとこちらを向く。
 ユーリ達は共に、白い衣を身につけ、部屋の右側の壁に沿って座っていた。この場で白を着ることができるのは、主役の二人とこの老人と、彼らだけであった。さらに、ユーリ達の服には、左肩だけ金と緑の布帯がかけられている。この部族にとっては、神を意味する色らしい。この長さ三メートルほどにも及ぶ布帯は、死者と共に埋葬される品でもあると説明をされ、テッド辺りはそれを身につけることに少し抵抗があったようだが。何かを反論する前に、みなその格好で座らされた。
 ただ、この座らされた場所の居心地が、非常に問題だった。花婿と花嫁の下にあるようなクッション、ただし白い色のものが敷かれていたのだが。それを何と八つも重ねているのだ。どうにもこれが、不安定でしょうがない。姿勢を崩してくつろぐ、などということは、とてもできない。すでに、相当な長さの時をこの上で過ごしてきたユーリ達にとって、限界は、もう間近であった。
 バランスを崩さぬよう、用心深く、ユーリは肩から布帯を外した。片端を持ち、もう一方を前に向って投げる。あの老人が、また何かをもごもごと唱えながら、床に落ちた布帯の端を持った。それを静かに巻き取りながら、ユーリの前まで進む。そしてそれを、再びユーリに預ける。
 ユーリは巻き取られた帯を右手で持ち、それを一度高く掲げた。両手で持ち直し、改めて老人に授ける。その動きに合わせ、花婿と花嫁が、また深く礼をする。
 終わった……。
 役目を終えたユーリが、ほうっと息をつく横で、テッドがもそりと体を動かした。次は、彼の番だ。その次はミク。そしてシャグ族の三人へと続く。サナとティトは、まだ幼いということで、この儀式から免れた。内容を知る前は、自分達が外されたことに少なからずの不満の表情を見せた彼らも、今、この儀式を見ながら、心から良かったと思っていることだろう。
 確か二人とも、戸口近くに席を設けてもらったはずだけど。
 ユーリはちらりと左方を見ようとして、それを止めた。ぐらりと、尻の下が揺れたからだ。慌てて姿勢を正す。視界の端で、老人がテッドの投げた帯を、ゆるゆると巻き取る姿が映る。
 心の中だけで、大きな溜息をつく。
 数え切れないほどそれを重ね、ようやくユーリ達が解放を見たのは、それから約二時間後のことであった。

 

 
 
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