蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第五章 沈黙の大地(2)  
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      二 

 赤い篝火の炎が、夜空を焦がす。暖かく、力強い輝きだが、どこか物悲しい。青い瞳にその赤を映しながら、サナは膝を抱えた。
 長い儀式が終わり、花婿と花嫁が共に手を取り家から出ると、宴は急にくつろいだ雰囲気となった。賑やかさだけが増す。小さな太鼓を打ち鳴らす者、二弦だけ張られた弦楽器を膝の上で鳴かせる者、そこに歌が、手拍子が重なる。村のあちこちで、音が沸き立つ。ただし、みなが揃って同じ歌を、というわけではない。場所によっては、少々聞き苦しいことにもなるのだが。人々はお構いなしに、声を張り上げ若い二人を祝福した。
 こういう宴には付き物の、普段より豪華な食事と酒が、人々をさらに陽気にする。喜びを笑顔で示すだけでは止められず、誰彼となく、手を取って踊り出す。夜の冷気が、肌を刺す頃になっても、それは静まらない。いつもはとっくに夢の世界の住人となる子供達も、大きな目をきらきらさせて笑っている。ほんのり頬が赤いところを見ると、この日ばかりは子供達にも酒が振舞われているようだ。
 しかし夜を徹し、朝まで続くのではないかと思われた宴も、真夜中を二時間ばかり過ぎた頃から様相を変える。一人、二人と睡魔にその身を奪われていくうちに、いつしか風の音が耳に残るくらいまで、辺りは静かになっていた。
 起きている者はほとんどいない。風の中に聞こえるのは、すやすやと眠る人々の吐息だけ。そして。
 サナは、膝を抱えていた腕を緩め、篝火に向って足を少しだけ前に出した。
 ――恋人達の、甘い囁き。
「まだ、眠らないのですか?」
 降り注がれた音に、サナは顔を上げた。炎の照り返しが、ミクの赤い髪をより一層明るく輝かせているのを、眩しく思いながら呟く。
「なんだか、眠れなくて」
 そう答えたサナに向って、さらに声が降る。
「夜明けと同時に、明日はここを離れます。ハラトーマの街まで、もう村はないとのことですから、また厳しい旅となるでしょう。少しでも、休んでおくべきです」
「そうね」
 サナはそう言うと、また膝を抱えた。足先の辿った跡が、砂に二本の溝を作る。それをぼんやりと見る。
 ミクは小さく肩を竦め、そのまま立ち去ろうとした。三歩進んだところで、足を止める。振り返り、踵を返す。サナの傍らに、自分も腰を下ろす。
 サナと並んで座りながら、ミクは目の前の炎を見つめた。暖かな色が瞳を通して心に染みる。無意識のうちに、穏やかな微笑が口元を飾る。
「素晴らしい結婚式でしたね」
 呟くように、ミクは言った。
「花嫁と花婿はもちろん、村の誰もが、本当に幸せそうで」
「そうね」
 ミクは、それだけを言ってまた黙り込むサナを振り返った。抱え込んだ膝に、顔半分を埋め、じっと炎を眺めている。子供っぽい姿だが、表情は違う。揺らめく炎を映し、ほんのりとオレンジ色に染まった肌には憂いの色が満ちている。長い睫の落とす影が、瞳の色に哀愁を加えている。その底を、遠く見せている。
 ミクは顔を元に戻した。両の足を引き寄せる。サナと同じように、抱えた膝の上に顎を乗せる。そして、もう一度呟く。
「素晴らしい、結婚式でした」
 声に甘い艶が含まれる。少し首を傾げて、サナはミクの方を見た。闇の中、淡く浮かぶその横顔に、いつものような冷えた気がない。優しく、美しいその顔に、サナの心が少しざわつく。そしてそれが、音となる。

 
 
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  第五章(2)・1