蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第五章 沈黙の大地(3)  
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      三 

 それは不気味な音から始まった。
 ハラトーマの街に向う一行は、エナマ村を出た後、真東に進路を取った。目的地まで直線的に結ぶなら、南東方向へ進むべきであったが。南に連なる小さなうねが、セガピムの住処となっていたため、回り込むことを決意した。
 村を離れ、二時間余り。風もなく、穏やかな空間が軽く震える。遠く、雷鳴が轟いたかのように思い、その音を探す。空は今日も、雲一つない。
 違う。
 ユーリは視線を低く定めた。
 南のうねに、変化はない。だが、音はまだ続いている。唸るように、地を伝わってくる。その振動を辿るうち、顔が自然と後ろを向く。
 空と大地の境目が、霞むように煙っている。
 砂――嵐? 
 そう思った瞬間、地から雲が沸き立った。
「烽火だ」
 かさぶたのついた手を額に翳し、空に向って上る白い煙を見やりながら、ガジャが言った。
「エナマ村の連中が、助けを求めている。もしかして、ヤーラヌ騎兵団か」
「ヤーラヌ騎兵団?」
 初めて聞く言葉に、ミクが鋭い声を返す。
「それは、何です?」
「要するに、国軍だ。デグランに乗った、一千余りのシャイール国の部隊。砂漠の治安を守るなどと言って、その実、自分達に逆らう他民族の村を襲って回る、ただの人殺しどもだ。そいつらが、エナマ村に目をつけた」
「そんな……」
 そう言ったきり、言葉を失ったユーリの横で、ガジャが首を振る。
「まったく、あいつらは関係ないのに。エナマ村の連中は、ただこの地に逃れて、ひっそりと生きているだけなのに。それを奴らは、ただソン族だというだけで、反抗勢力と同じ部族だというだけで、殺そうと――」
「戻ろう!」
 ユーリが叫ぶ。
「しかし」
 テッドがそれを止める。
 どちらの思いも判断も正しく、ミクが迷う。その上空で、大気が高い声を上げる。
「あっ、見て!」
 サナの声に、みなが空を見上げた。助けを求める烽火から、右へ大きく視線を伸ばす。そこに二筋の細い煙が上がっている。火薬が破裂するような音が響き、そこにもう一筋の煙が加わる。
「盗賊団だ!」
 ガジャが上ずった声で叫んだ。
「近くにいたんだ、この周辺まで戻ってきてたんだ。見ろ、あの砂煙。すごい数だ。こいつはドル族だけじゃないな。一つの盗賊団だけじゃない。そうか、あいつら、本気で戦争をおっぱじめるつもりで、この辺りに潜んでいたんだ。だとしたらまだ来るぞ。みんな集まれば二千、いや、三千は堅い。こいつはいいぞ、ヤーラヌ騎兵団なんざ、蹴散らしてしまえ!」
 そう吐き捨てるガジャ達の声が、純粋な憎しみに震える。囃したてるような、煽るような奇声を上げる彼らに、その根の深さを改めて感じる。
 彼らの生活の基盤は、むしろ国軍側にあるはずだ。国の実権を握る者達から仕事を受け、それを糧としている。だが、彼らの心は、常に蔑まれる側にあった。ただそれは、虐げられた部族を、自分達の同類と思っていたためではないだろう。彼らにとって、人はみな憎しみの対象であり、たとえその中の底辺に属する者でも、心を合わせるところまでは至らなかったであろう。
 恐らく彼らは、彼ら自身の中にある怒りに反応しているのだ。生きるために卑屈な道を取った、取らざるを得なかった。そのことを、彼らは彼ら自身で、完全に許してはいなかったのだ。
 もうもうと砂が煙る彼方を、ユーリは見やった。波動が伝わる。人々の怒りを受け、大地そのものが轟いている。傍らで、シャグ族達が歓喜の拳を突き上げる度、このまま空までもが裂けてしまいそうな錯覚を覚える。
 純粋な憎しみが、純粋な怒りが、その純粋さゆえ、強力に世界を動かす。何もかもを、破壊し尽くす力となる。
「……あっ」
 ユーリは軽く眩暈を感じ、そう呻いた。
 怒り、憎しみ、嘆き、哀しみ、それらの陰に――。
「戻ろう」
 短く、鋭く、ユーリは言った。デグランに近付き、ティトを抱える。
「おい、ユーリ」
 制止の意を含むテッドの声を無視し、サナも降ろす。
「ユーリ、これはもう戦争だ。数千の兵と兵がぶつかる……俺達がどうこうできるレベルじゃねえ」
「テッドの言う通りです。ユーリ、ここは」
「感じるんだ」
 ひらりとデグランにユーリは跨った。
「あいつがいる」
「――ユーリ?」
「あいつって、誰のことだ?」
「ガーダ」
 言葉と同時に駆け出す。砂の上を一直線にひた走る。
「……ガーダ、だと? くそっ」
「テッド、早く後ろに乗って下さい。サナ、あなた達はここで待っていて下さい。ガジャ、頼みましたよ」
「――あっ、わたしも」
 追いすがるように呟いたサナの声が、砂煙の中に掻き消える。舞い上がる砂に、視界を塞がれる。思わず瞼を閉じ、直ぐにそれを開く。青い瞳に、ユーリの後を追うミク達の背が映る。
 しかし、その時すでに。
 二人の姿は、拳くらいの小さなものとなっていた。

 

 
 
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