蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第五章 沈黙の大地(4)  
               
 
 

「……ユーリ」
 テッドの声に、ユーリは我に返った。振り返り、震える声で呟く。
「間に合わなかった」
 声が悲痛に濡れる。
「助けられなかった」
「ユーリ」
「ガーダを止められなかった。また、また――」
「しっかりしろ」
 ユーリに、というよりは、自分に向けてテッドは声を張り上げた。
「まだだ……まだ、救える命が残っているかもしれない。嘆くのは、その後だ」
「……でも」
「何してる。ぼけっとしてないで、手伝え!」
 テッドはそう怒鳴ると、陥没した穴の縁に立った。足が、竦む。音もなく穴の表面を流れる砂を見やりながら、加えられた圧力の強さに怯む。
 穴の表面に、所々塊のようなものが顔を出している。それが何か、一目で判別できるものは少ない。唯一、風に煽られ翻った布の切れ端に、記憶が重なる。金と青の二つの色に、胸が詰まる。
 テッドはふらふらと、塊の一つに近付いた。鼻腔をつく血の匂いと、周りの砂に染み出た赤黒い色で、それが元は命あるものであったことを知る。潰れた肉、剥き出した骨、その色が、砂と混じって風に運ばれる。
 命など、どこにも残っていなかった。残っているはずがなかった。
 あてもなく、砂地をさ迷う。どの方向に進めばよいのか、迷った末に右へ行く。そして左、また右に。数歩踏み出し、立ち止まる。
「……テッド」
 肩を落とし、空を仰ぐテッドの背に向って、ユーリが搾り出すような声を放った。
「テッド」
「……分かっている」
 低くテッドが答える。振り返り、もう一度言う。
「……もう、分かった」
「――ユーリ、テッド!」
 すっと上から、ミクの声が流れてきた。呼びかけた言葉の意味より、声色の持つ鋭さが、自失する二人の足を動かす。穴から這い上がる。その途中で異変に気付く。
 先ほどまでの静寂が消えていた。大地を打ち鳴らすいくつもの音を、まず足に感じる。穴の縁まで上がりきったところで、正体を見る。
「新手の盗賊団だ」
 ガジャが呟く。
「あっちにも、向こうにも、集結しながら近付いてくる。二千、三千、まだ増えている。くそう、あいつらがもう少し早く来ていたら」
 無理だ。
 即座に心の中で、ユーリは否定した。その考えは、テッドもミクも同様であろう。サナも、あるいは言った本人も、同じ思いだったかもしれない。あの力の前では、何もできない。自分達は、無に等しい。その気になれば、ガーダは全てを――。
 ユーリの眉が、険しく寄せられる。
 なぜ、ガーダは待たなかった? 自分達が来るのを、盗賊団が来るのを。全てを滅ぼすつもりなら、待てば良かったのだ。なのになぜ、生かしておいた? なぜ?
 砂煙が顔を叩く。巨大な軍勢が、村から少し離れた位置でいったん止まる。五頭のデグランが、伺うようにゆるゆると近付く。その上で、ぎらりと刃が煌く。
「テッド」
「ああ」
 と、テッドが頷き返すより早く、シャグ族達が飛び出した。
「ヤーラヌ騎兵団だ! 国軍の奴らだ!」
 盗賊団に向って叫ぶ。
「あいつらが村を!」
「違う、あれはガーダだ」
 慌てて打ち消したユーリの声を凌ぐ音で、ガジャが続ける。
「俺は見た。間違いない。国軍の奴らが村を焼いた。領主に仕える占師もいた。錆色の衣を着た魔術師。そいつが全てを滅ぼした」
「そしてそれを導いたのが、お前達キョーメか」
 いきなり駆けてきた一頭が、ガジャの首を狙う。間一髪、ガジャが地に伏し、難を逃れる。ユーリが前に飛び出す。テッドの腕が動きかけ、止まる。その腕を押えるミクを、鋭く睨む。
「おい」
「まだです、ぎりぎりまで」
「分かってる、そのくらい」
 背筋を流れる汗の、不快な感触に舌打ちしながら、テッドは小声で答えた。ガジャを助け起こすユーリに視線を据え、さらに、勢い余って後ろに駆け抜けていった盗賊にも注意を払う。
 ミクの言わんとすることは、理解していた。攻撃を仕掛けたら最後、自分達は敵となる。いくらレイナル・ガンでも、数千の敵を相手にすることなどできない。ここは誤解を解き、速やかに去ってもらうのが一番だ。だが、そうならなかった時は。
「お前はサナ、俺はユーリ、いいな」
「分かりました」
 じわじわと近付く四頭と、背後から踵を返す一頭を見やりながら、互いの役目を果たすため動く。ミクはじりっと下がり、サナの直ぐ側に。逆にテッドはゆっくりと前に足を進め、ユーリ達との間合いを詰める。
 戻ってきた一頭が、高く剣を振りかざした。再びガジャ達の方に突っ込んで行くのを見て、テッドは指に力を込めた。しかし、またしてもその動きが途中で止まる。テッドのみならず、剣を掲げた男をも押し止めた声が響く。

 
 
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  第五章(4)・2