蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第六章 求めし者(3)  
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      三  

 夜空にくっきりと輝く上弦の月。日が沈むと同時に南の空に現れたその月は、当分星明りよりも強く地を照らし続けるだろう。それでも昼間に比べれば、夜は身を隠すのに適している。特にこの時期、もう一つの月は、空が白々と色を変えるまで姿を見せない。闇はすっぽりと、全ての輪郭を虚ろにしている。
 ユーリ達は、その闇の助けを借りて、密かに街を離れた。しんと冷えた砂漠に、時と方向を失いそうになりながらも、モルスの示した場所に辿りつく。砂の中から、崩れた小屋の残骸によって、塞がれている井戸を見つける。
「ここか」
 纏ったリャンを大きく広げ、ペンライトの灯りが外に漏れぬよう気を配りながら、テッドは井戸を覗き込んだ。
 底は浅い。二十センチほどしかない。砂漠の砂が、そこまで埋まっているように見える。
 テッドは井戸の縁に腰を置くと、足を内側に入れた。捻るように動かしながら、砂の中に足先を沈めていく。はっきりと確かな抵抗を覚えたところで、いったん止まる。体の重心をしっかりと尻に据え、強く蹴る。
 みしりと音を立て、底が抜けた。ばらばと落ちる砂が、空洞の反響を得て大きく響く。思わず首を竦め、ユーリ達は背後を振り返った。遠く、仄かな灯りを宿す街をしばらく見つめ、ほっと息を継ぐ。
 テッドが声を殺し、囁く。
「モルスの言った通りだな。どうやらこの底から行けるようだ」
「急ぎましょう。夜の内に全てを終わらせる約束です。日が昇る前にここへ戻り、また井戸の入り口を塞がなければなりません」
「えらく弱気な発言だな」
 ワイヤーロープをしっかりと井戸の縁に固定し、テッドがミクを見る。
「ガーダを倒せば、この井戸は必要なくなる。今回の件は全て、奴が仕組んだものであることさえ分かれば。少なくとも、十三日後に使うことはな」
 するすると、抜けた底に下りる。深さは十メートルほど。地表に増して、ひんやりとした大気が肌を刺す。すでにこの辺りは水が止められ、枯れきっているはずなのに、空気が微かに湿っているように感じる。
「こっちです」
 ぱっくりと口を晒している横穴に、まずミクが入る。その後に続きながらユーリが呟く。
「かなり深いね。これだけのものが、街全体にあるんだ」
「確かに、大した技術ですね」
 ミクのペンライトが地下水路の壁を照らす。
 天井はさほど高くない。しかしそれを支える壁は、しっかりとした堅固なものだ。この辺りの砂の性質を考えると、ただ穴を掘っただけでこうはならない。街の市場で、どこかの山から切り出してきたであろう石灰石を見かけたが。恐らくそれと粘土とをかまどで焼き、水で溶いて使っているのだろう。この土地に住む者ならではの智恵、と言ってしまえばそれまでだが。これが数百年も前に作られたものだと聞けば、話は違ってくる。
 高い技術、高い文明。だが今地上は、過去の栄光の中で止まっている。戦争が、余りにも多過ぎる争いが、彼らから進歩する機会を奪っている。
「ここだな」
 低くテッドが呟いた。ライトの中に崩れた壁が浮かび上がる。随分と昔に塞がれたはずの水路と、今ある水路とを繋ぐ道。モルス達が掘った、その新しい道を進み、行き止まる。
 今度は一見して直ぐには分からなかった。あらかじめ教えてもらった通り、突き当たりから十歩下がる。そこに、周囲とほんの少しだけ異なる色の壁を見つけ、屈む。

 
 
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  第六章(3)・1