蒼き騎士の伝説 第四巻                  
 
  第六章 求めし者(3)  
             
 
 

 テッドは、心持ち色味の明るくなっている、壁の下方部分を手でこそげた。ざくりと表面の砂が剥がれる。両サイドにしっかりと石を挟み込んだ、小さな穴が顔を覗かせる。
「先、行くぞ」
 一言残し、腹ばいになる。肘をつき、穴をくぐる。はっきりと空間の違いを感じる。耳が水の音を捉える。
 広大な地下水路を走る水の道は、思ったより細いものだった。深さはわずかに五十センチほど、幅はその約三倍。時季的なこともあるのだろうが、流れる水自体も少なく、街の規模からして、とても十分とは言えなかった。等しく誰もが豊かに生きることは、不可能な量だった。
「このまま真っ直ぐでしたね、確か」
 水を汚さぬよう溝の縁に立ちながら、ミクはペンライトを消した。テッドとユーリもそれに倣う。一瞬、真っ暗に感じ、やがて仄かな薄闇を先に見出す。足音を忍ばせ、壁伝いにそこを目指す。息すらも潜め、ひたりと近付く。
 モルスによると、領主の井戸にも見張りはいるとのことだった。月の光が丸く地底に注ぎ込む縁に立ち、テッドがレイナル・ガンを取り出す。同じように、ミクとユーリも銃を構えるのを認め、テッドはくいっと顎を引き上げた。
 三本のワイヤーロープが星を目指して昇る。空気を切り裂く音に、床を蹴る音が重なる。一気に駆け上り、外に飛び出る。
 風が、彼らに味方する。井戸を這い登る音は、衛兵の耳に届かなかった。街の井戸のように小屋ではなく、柱と屋根だけで構成された囲いしかなかったことが幸いした。しかも兵士は囲いの外に立ち、二人、談笑しながら佇んでいた。
 突如現れた影に兵士が驚く。動きが止まる。腹を抱え倒れ伏す同僚に、声一つかける間もなく、その兵士は柱に背を擦りつけながら、崩れた。
「お見事」
 鮮やかに、共に一撃で二人の衛兵を沈めたミクに、テッドが言う。しかしミクは、厳しい表情を解くことなく囁いた。
「ここからが本番です。モルスの話によれば、ガーダは確か、あの――」
「そこじゃない」
「ユーリ?」
「あそこ、じゃない」
 そう呟くと、ユーリは目の前の建物を見上げた。
 領主の館は全体として、「H」の文字を横に倒したような構造となっていた。前殿と後殿、その両方を、丸いドームを有する建物で繋いでいる。後殿に比べ、前殿は若干横幅が広いが、ここは公的な用向きの部屋ばかりで、領主の私室は後殿の方にあった。そしてもちろん、その側近たる者の部屋も、今見上げる建物の中にあるとのことだった。
 後殿の背後には、裏庭があった。井戸を片隅に配した人工的に造られた空間で、砂地の広がる外の世界を忘れさせるほど、贅沢な緑に溢れていた。この辺りでは見かけない、背の高い木々も植えられている。その木の陰に身を忍ばせながら、ユーリは後殿に定めた視線を、右から左へと動かした。
 モルスは、正面から左、つまりこちらから見て右奥の三階に、魔術師の部屋があると言った。しかし、そこに気配は感じない。うねるような、ひりひりと肌を刺すような悪意は、別の場所から流れてくる。
 ユーリの目が、さらに奥を覗き込む。後殿を離れ、ドームを有する建物に沿って滑る。そして呟く。
「あそこだ。あのドーム」
「あの――中か?」
「うん、多分……」
「多分って、お前」
「急ごう」
 吐息と共にユーリの足が一歩前へ出る。
「妙な胸騒ぎがする。だから、早く――」
「分かりました」
 鋭くミクが答える。
「では、この後殿の屋根を使いましょう。ここから上へ昇って、そのままドームのところまで。その方が、館の中を通り抜けるより、障害が少ないでしょう」
 言葉と同時に、ミクは姿勢を低くして木陰から出た。裏庭に人影はなかったが、後殿の裏門付近には、数名の兵士がたむろしていた。そこから距離を取るべく、後殿の左端を目指す。ユーリ、テッドも後に続く。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第六章(3)・2