蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第八章 暁(3)  
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      三  

 徐々に明けゆく空の色を受け、その海賊船は不気味なほどくっきりとした姿を晒していた。刻一刻と船影が近付く。圧し掛かるように、迫り来る。
 逃げるチャンスがあったとしたら、それは相手がヨズミ諸島の浅瀬にてこずる間であったのだが。思うほど引き離すことができず、船長ゼトスは振り切ることを諦め、大きく船を旋回させた。しかし、
 風上に回り込むのは無理か。
 心の中でそう呟き、ユーリは上空を仰ぎ見た。
 砲撃戦において、風上は圧倒的な有利となる。だが、ヨズミ諸島を抜けたゼンクト号はそれで力尽きたのか、ほんの二海里ほど進んだところで、急にスピードを落としてしまった。風に乗り切れないまま、懸命の航行が続く。一方敵は、巧みに帆を操り、風上を取った状態のまま距離を詰めてきた。もはやこの形勢から逆転することは不可能だ。
 ゼトスの怒声が飛ぶ。
「面舵いっぱい!」
 その声に、船首が向きを変える。
 残された勝機は、先手でどれだけダメージを与えられるかだ。
 右に大きく船が旋回する。五時の方向から受けていた風が、三時、二時と方向を変える。
「砲撃、用意!」
 遅い。
 ゼトスの声に重ねて、ユーリが失意の息を吐く。瞳の中で、海賊船が横腹を見せる。
 船が小さい分、小回りはこちらの方がきくはずであった。しかし、風に逆らって向きを変えたゼンクト号に対し、海賊船はその風に後押しされながら旋回した。タイミングはほぼ同時。互いにすれ違う向きで、両者が横に並ぶ。飛距離の短いアズレッド砲でも、風上の有利さなどなくても、充分に相手を沈め得る間合いだ。
「ユーリ、中ヘ!」
 ミクの鋭い声に、一瞬迷う。甲板と船倉、一体どちらが安全なのか。いや、どちらにいる方が、みんなの邪魔にならないのか。
 強い衝撃が、耳と足元を襲った。半ばミクに引きずられるように下へ降りたユーリは、続けて風が唸る音を聞いた。
 違う、これは――砲弾が飛び交う音だ。
 船員達が喚き散らす声の向こうで、長く尾を引きながら音が消える。と、思った瞬間、それが戻ってくる。一つではない。幾つも重なり、空を覆う。まるで船全体がその音に包まれているかのような錯覚を、鼓膜にもたらす。
「うわっ」
 大きく揺れた船の中で、思わずユーリは声を上げた。
「馬鹿野郎! 火薬をこぼすな!」
「急げ!」
「ぐずぐずするな!」
 怒鳴り合う船員達の間を抜け、砲台の窓から外を見る。
 敵の船尾、その一部が破損していた。だが、致命的なダメージではない。ならば、こっちは? 左に大きくよれたことからして、被弾は船首付近か。
 ユーリは甲板に駆け上がった。
「どけ、邪魔だ!」
 バランスを失って、片膝をつく。ぶつかった水夫に押されたためではない。強い横波に、船自体が大きく左に傾げたのだ。跪いた姿勢のまま、前を見る。
 ボウスプリットの先が折れていた。だが、それ以外の損傷はない。どうやら敵の砲弾は、ちょうどゼンクト号の鼻先を掠める位置に、全て落ちたようだ。
 だが、これで終わったわけではない。
 波の頂点から滑り落ちるように、船体が今度は右に傾く。海賊船の横腹、そこにある九つの砲門が、揃ってこちらを睨みつけているのを見る。

 
 
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  第八章(3)・1