<予兆>
一
この窮屈さは、いかなる理由によるものなのか。久しぶりにつけた蒼き鎧のためか。それとも自分に向けられた好奇の目のせいか。
ユーリは一つ肩で息をすると、周囲を見渡した。
ウル国、センロンの港町。その長であり、国の東南部を治める領主の館。鈍色の瓦屋根を持つ素朴な印象の木造平屋建てではあるが、いくつもの棟で構成されており、広さと複雑さは申し分ない。その立派な屋敷の大広間を、案内されるまま静々と進む。大きさはざっと縦二十メートル、横八メートルといったところか。ただし天井が低く、地味な色合いで、思うほどの華やかさはない。胡座をかき、板間の上に直接座す家臣達の姿も、空間を重くしている。
だが、彼らが身につけている物の色は、実に軽やかだ。内に着ている衣は白で統一されているが、たっぷりとした袂の、長いコートのような外衣は、色取り取りの糸で煌びやかに織られている。頭には白い帽子。いや、形状からすれば、ターバンに近い。ぎっしりと広間の縦ラインに沿って居並ぶ家臣達は、みな頭髪を覆うように白い布を巻いている。端を中に折り込む巻き方は、男性独自のものだ。女性は布の両端を長く左右に垂らすように巻く。その姿を、ユーリはこの領主の屋敷に向う途中、見かけた。
一昨日の朝、ユーリ達は港の役人に一つの申し入れをした。我々はキーナス国王の命のもと、ユジュール大陸の諸国を巡り、見聞を広める旅の途中であると。はるばる訪ねてきたからには、ぜひ領主殿の許可を頂きこの町を、そして願わくば都を視察させて頂きたい。そう、長く白い髭を蓄えた、センロン港の管理官に告げたのだ。
シュイーラ国と違いこの国では、商人という名目だけで、自由に旅することが許されてはいなかった。それだけ管理体制が整っているとも言えるし、その分閉鎖的であるとも言える。キーナス国を出る際、一応アルフリート王の計らいで、申し入れをした旨と同じ内容の任命書を賜ってきたが。ウル国王個人に宛てた親書を持つわけではない以上、事は容易に進まないであろうと覚悟をしていた。最悪の場合、密入国者として過酷な旅をすることも、視野に入れていた。
ところが思いの外、事態はスムーズな進展を見せる。申し入れをした翌日には、一行を心より歓迎するとの文書を携えた領主の使いが来たのだ。明日、みなみなさまを当城にて持て成したいとのおまけまでつけて。
「これで、何とかアマシオノの都まで行くことができそうですね」
その夜、さしものミクも、望むべき最高の展開に表情を緩めて言った。
「アリエスの位置は、都からさらに北東のヤスゼ山にあります。都に到着した後、いかにしてそこに登る口実を作るか等、課題はまだ残っていますが。とりあえず、第一関門突破ですね。もっとも」
ミクの顔が、いつものように引き締まる。
「まだ完全に門をくぐったわけではありません。今後も慎重に行動するべきでしょう。明日の領主との謁見次第で、どう転ぶかは分かりませんからね。聞きかじった限りでは、この地の領主は公正で寛大、庶民にも広く親しまれているなかなかの人格者とのことですが。万が一という危険は、常に考えておく必要があります」
「そうね」
サナが頷く。
「特にウル国は、しきたりや礼節を重んじる傾向があるから。ちょっとした言葉の行き違いや振舞いで、機嫌を損ねるなんてこともあり得なくはないわね。その辺り、充分に気をつけないと」
とそこで、申し合わせたように、サナとミクが揃って一方向を見やった。見つめられたテッドが不満を口にする。
「俺……かよ」
力強く頷く二人に、テッドは口元を歪めた。さらにミクが、止めの言葉を放つ。