蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第九章 予兆(2)  
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      二  

 ぎしぎしと、木の軋む音が絶え間なく耳に流れ込んでくる。不規則な振動が、蓄積した疲労に拍車をかける。何より一日のほとんどを、この狭い空間で過ごさねばならないことが苦痛だ。これ以上お気遣いは無用と、飛び出ていきたい衝動を堪えながら、ユーリは光のみをわずかに映す、竹と思しき細い棒で編まれた吊り戸を見やった。
 せめて、これを上にあげた状態で進んでくれたら。
 意味のないことと知りつつ、心の中でまた愚痴を零す。
 領主が用意してくれた移動手段は、八人もの担ぎ手に支えられた輿であった。全部で四台。さらに荷運びをする人足も加えた、総勢四十四名の大行列だ。輿の乗り心地自体は、思ったほど悪くない。ただその印象も、最初の一時間位までの話で、後はひたすら次の休憩までの時間を待ち望むのみだった。
「全くこの調子じゃ、いつ都に着けるんだか」
 ようやくの休憩に、テッドは腰を伸ばしながら呟いた。すかさずミクの窘める声が飛ぶ。揺られる方もきつい乗り物だが、担ぎ手の方がより辛いことは間違いない。輿の中にいても、指先がかじかむような寒さであるというのに、人足達はどろどろと、額から汗を流し座り込んでいる。その彼らに聞こえぬよう、囁く。
「愚痴を言っても仕方がありません。他に方法があるならまだしも、この国では」
 ミクは言葉を切り、視線を道に定めた。ユーリもそれに倣い、来た道を振り返る。
 土が剥き出しになった細い道。周囲には畑が広がっている。規則正しく連なるうねは、今冬眠中だ。地中深くでは、もう間もなく訪れる春に備え、新しい命の種が育まれているのかもしれないが。その表面は、冬枯れの寂しい色に満ちていた。
 ウル国には、馬車がなかった。農耕を主としていたため、家畜産業が立ち遅れたようだ。そもそもこの地の馬は、ユジュール大陸のものよりかなり小型だ。一見すると、ロバのように見える。よって長くウル国では、馬を乗り回す習慣がなかった。そのことが、道にも現れている。石で舗装された街道はなく、幅も狭い。センロンの港町で、一度馬車ならぬ牛車を見かけたが。あれだけ大きな車輪のある車が、ここを通ることはできないだろう。
「別に、運んでくれと頼む気はないさ。自分で乗るって話を」
「テッド」
 未練がましいテッドの言葉をミクが一蹴するのを受けて、ユーリは苦笑した。
 今さら言ってももう手遅れだが、テッドの気持ちも分からなくはない。センロンの港町で、ユーリ達は馬を目撃した。在来種ではない、キーナスにあるような大型の馬だ。実は近年ウル国では、軍用として大量に馬を輸入し、その繁殖普及に力を入れていた。試みはまだ始まったばかりで、地方の軍まで十分に行き渡ってはいないようだが。都にはおよそ、五百騎にも及ぶ騎馬隊があるとのことだった。いずれは国の隅々までそれは普及するであろう。軍馬としてだけではなく、移動手段として生活の場にも使われるようになるかもしれない。しかし、今は。
「どのみちあの馬は全部、都に引いていくんだろう? だったら、ちょっと俺達に貸してくれても」
「テッド」
「分かったよ。おい、サナ、調子はどうだ?」
「どうだって言われても」
 行列が止まるや否や輿から飛び降り、列の一番前まで元気に走っていったティトが、駆け戻ってくるのを眺めながらサナが答える。

 
 
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  第九章(2)・1