「ただじっと座っているだけだから、楽は楽なんだけど」
目の前を横切ったティトが、今度は列の最後尾目掛けて勢い良く過ぎる。
「妙に疲れるのよね。何というか、気持ちはティトと一緒だわ」
「同感です」
「僕も」
「激しく同意」
揃ってユーリ達は小さく笑った。と、そこに人影が近付く。何だ、もう出発かと肩をすくめるテッドの直ぐ側で、影は跪いた。
「申し上げます」
ユーリ達に向って、深く頭を垂れた姿勢のまま声を張る。
「お急ぎのところ誠に申し訳ござりませぬが、クサナガ村までいったんお戻り頂くことになりました。今夜はそこでお休み頂きますよう、お願い申し上げます」
「戻るって、何で?」
「はあ、それが」
テッドの問いに、男が声を曇らす。人足ではない。ササノエという名のれっきとしたウル国の武官で、この旅の一切を仕切る立場にある。軍人らしからぬ、いかにも人の良さそうな顔と柔らかな物腰の彼のお陰で、輿での移動というただ一点を除けば、旅はすこぶる快適なものであった。
顔を伏せたまま、ササノエが言う。
「この先のアンノン街道を、間もなくシャン国王様御一行が、お通りになられるとの知らせがありまして」
「シャン国王?」
「はい。予定では五日ほど前に、ここをお通りになるはずであらせられたのですが。道中奥方様の御気分が優れず、イトサメ町にてしばし御静養あそばされ」
「まあ、これだけきつい旅だと、そりゃあ」
「テッド」
呟きを鋭い囁き声で制し、ミクはササノエに向って微笑した。
「失礼致しました。それで?」
「はあ」
地面を見据えつつ、ササノエが続ける。
「ですので、このまま進みますと、ちょうど鉢合わせになってしまう形に。都への道はアンノン街道以外にもございますが。いずれもかなりの遠回りとなってしまいます。よって誠にかたじけのうございますが、しばらくクサナガ村にてお待ち頂きたく」
「いや、それは別に構わんが、いや、構いませぬが」
冷たいミクの視線を受け、言葉を改めながらテッドが言う。
「だとしても、なぜクサナガ村まで戻る必要が? しばらくここで待っているだけでは」
「それは」
ササノエの頭が、さらに深く下がる。彼が言葉を探し当てるより早く、ミクが答える。
「後から行くにしても、ある程度の余裕が必要でしょう。後ろにぴったりと私達に付かれては、シャン国王様も落ち着かれないでしょうから」
「まあな」
「申し訳ござりませぬ」
「ああ、別にこっちはいいよ。たださっきの村までとなると、二時間ほどの道のりになるんだよな。だったら、もう少しここで休んでからにしようぜ。どうやらうちの一番小さいのが、まだ持てる活力を発散しきれてないようなんでね」
そう言ったテッドの前を、ティトが猛然と駆けていく。列の最後尾までの冒険が終わり、再び先頭まで走っていく。
ようやくササノエの顔がわずかだけ上がり、風となって走るティトを仰いだ。表情を和らげ、また深く礼をする。
「はっ、仰せの通りにさせて頂きます。十分お休みになられましたら、お声をかけて下され」
腰を低くしたまま、ササノエが下がる。その頭上を滑るように、遠くから高い声が響く。