蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十章 質実の都(2)  
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      二  

 しんとした闇の中で、ユーリは寝返りをうった。固く瞼を閉じ、布団の中に潜る。
 ――駄目だ、眠れない。
 溜息と共に、目を開ける。暗がりの中にテッドの背を認める。気持ちよさそうな寝息の音が、羨ましい。気は、自分も疲れているのだ。今日はとにかく忙しかった。
 昨夜、ウル国王との突然の対面で取り決められた通り、ユーリ達は今朝早く、本城内に移った。改めて王と、さらに彼に良く似た容貌の息子、兄のサザトムも交えて会談を行う。話はもっぱらキーナス軍のこと。特に馬の扱い、騎士団についての質問が相次ぎ、その後サザトムに案内され、城内の厩や騎馬訓練を見学した。休む間もなく、城を出る。案内がサザトムからキゼノサタに変わる。
 建立したばかりのアカゾノ殿を見物し、さらには都の北門を出て、ゆくゆくは馬での往来を想定した大規模な道路工事を視察し、もう間もなく日が暮れようとする頃になって、やっと城に戻った。そして宴。互いに酒を酌み交わす和やかなものであったが、王と長子だけではなく、滞在中のシャン国王夫妻も同席したため、心よりくつろぐことはできなかった。さらにその後、王がぜひ一局とファジャの盤を持ち出したのだ。サナの助力もあって、何とか切り抜けることはできたが。一局だけの予定が三局組む羽目となり、すっかり夜が深まったところで、やっとユーリ達は解放を見た。
 闇の中で体を返し、テッドの背から視線を外す。庭を臨む廊下に続く、紙でできた引戸の色が目に入る。
 今日はやけに月が明るいな。
 白く、光沢を帯びた肌を見せる紙戸に、ユーリはシャン国王の姿を映した。
 ミオウ・カザノサという名のその国王は、寡黙な男だった。表情も少なく、ウル国王の豪快な笑い声に座が賑わう時も、唇の端をわずかに引き上げるのみだった。しかしその存在感は、下手をすればウル国王よりも強く、一同の目を引いた。多分にそれは、外観によるものが大きかったように思う。
 すらりとした長身の体は、座していてもしなやかな空気を漂わせており、端正な顔はただ整っているだけではなく、宗教画に描かれる聖人のような奥深さを見せていた。中でも特に目を止めてしまうのは、王の長い黒髪。ウル国の者が頭部をしっかりと白い布で覆っているのに対し、シャン国王は、内に水でも含んでいるかのような艶のある髪を、そのまま長く垂らしていた。黒い衣の上で、なお輝く漆黒。女性でも、これだけの髪を持つ者は少ないであろう。その黒髪を揺らし、珍しく声を出した時のことを、ユーリは思い浮かべた。
 あれは確か、三国同盟に話が及んだ時だった。静かだが、豊かな響きを持つ声で、その重要性を説いていた。大国トノバスに対峙するため、三国が互いに協力し合って軍備の拡張を推し進めなければならないと。民を守るため、ユジュール大陸に安定をもたらすため、早急に取りかからなければならないと。
 凛とした風格のカザノサ王の姿に、アルフリート王の面影が重なる。共に美貌の王。共に、内に確固たる信念を秘めた王。果たしてカザノサ王は賢王か、それとも。
 ユーリの体がぶるっと震える。無意識下のこの反応は、精神的なものではなく物理的なものだ。通された部屋は、細い蔓のようなものを幾重にも織り込んだ厚みのある敷物で、くまなく板床が覆われていたのだが。残念ながら、夜の冷気に抗うまでの力はなく、寒さは骨にまで染みた。
 恐らく氷点下となっているであろう外気を、ほとんど遮ることなく伝える紙戸を恨めしく思いながら、ユーリはもそもそと上体を起こした。一度、この寒さを意識してしまった以上、たやすく眠りにつくことは不可能だ。ティト達は大丈夫だろうかと、次の間に続く紙の仕切り戸を見る。かさりとも音を立てぬ空間に、ミクとサナに挟まれてすやすやと眠る姿を想像し、とりあえずの安心を得る。そして立ち上がる。庭へと続く紙戸をそっと開ける。

 
 
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  第十章(2)・1