蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十二章 信なるもの(1)  
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 <信なるもの>

      一  

 ティトの大きなチョコレート色の瞳が、濡れて光る。口元を強く歪め、そして呟く。
「ごめん……なさい」
 ユーリは肩で一つ息をつくと、再び庭へと視線を送った。
 ここ数日、ユーリは多忙を極めていた。十日前、テッドからアリエス発見との連絡を受けて以来、ゆっくりと眠った記憶がない。別に、喜びのあまり感情が高ぶって寝つけなかった、というわけではない。いや、最初の夜は、確かにそういう部分もあったように思うが。後はひたすら、次なる行動のための準備に費やされた。
 昼間はキーナス国よりの使者として、様々な行事に出席するため時間が取れない。全ては夜。テッドからの連絡が来るのもこの時だ。整備の状況報告に続き、パルコムを介してのシステムチェック。本来はミクの専門分野であるが、彼女一人に押し付けるわけにはいかない。直接アリエスのメインコンピューターにアクセスする設定にはなっていないので、作業はひどくもどかしいものであったが。夜を徹して三人はシステム復旧に励んだ。と同時に、孤軍奮闘中のテッドを助ける算段も行われる。
 かねてよりの計画通り、人員補強として最適な者がミクであることは間違いない。問題は、いかなる口実で、彼女をテッドのところに送り込ませるか。難題に、時の全てが費やされる。
 日が進むにつれ、ティトが段々と不機嫌になっていくことに、ユーリは気付いていた。時に子供にとって、下手をすると大人にとっても退屈に思える儀式やら何やらに出席することで、精神的に疲労していたことも知っていた。そしてそれを吐き出すことを、随分と我慢していたのも。うっかり不平不満を漏らしでもしたら、「だから大人しく留守番してろと言ったんだ」と、テッド辺りに返されることを意識して。ぷくりと頬を膨らませたり、「おいら、疲れた」とふて寝をしたりはするものの、決して来なければ良かったと愚痴を溢すようなことはしなかった。不満の全てを内に溜めた。
 それでも、ミクがいる間は、わずかではあったがティトと話す時間を持つことができた。しかし五日前、テッドからもたらされた情報、元を正せばギノウの知識であったわけだが、これによって状況が変わった。霊峰ヤスゼ山に隣接するコトホト山の北斜面に、高さ八十メートルにも及ぶ地層が剥き出しとなっている部分がある、という事実を、ユーリ達は利用することにしたのだ。
 急遽ミクを地質学者に仕立て、せっかくの機会なのでぜひ拝見したいと申し出る。地層の研究などというものに全く理解を示さぬ、というよりそれが一体何の役に立つものなのか理解に苦しむ王に対し、キーナスの例をちらつかせる。リルの鉱石が発見されたのも、クルビア山脈における巨大な断層からであったと。ちなみにこれはサナから得た知識であって、さらに厳密に言うなら、リル鉱石は地表に見えていた断層より少し離れた地中深くにあったわけだが。とりあえずの口実としては、これで十分だった。
 王より許可をもらい、護衛を兼ねた兵士三名と共に、ミクはオサノガセ村に向った。当初の予定では、いったん断層に向った後、オロンジの滝見物もついでにと、同行者を言いくるめる手筈であったのだが。ミクのオサノガセ村到着を翌日に控えたところで、テッドから連絡があった。山案内は、ギノウが兵士に代わってやるというのだ。しかも、断層より先に、アリエスのあるところまで連れていってくれるらしい。
 どういう経緯でギノウが全面的に協力してくれることになったのかは知らないが、この申し出はありがたかった。とはいえミクに油断はなく、ギノウの心変わり、もしくは何がしかの意図があることを含めて、明け方近くまでパルコムを通し、話し合いをしていたのだが。
「ごめんな……さい」
 ぼんやりと、庭に視線を置いたままのユーリの傍らで、ティトが項垂れ、打ちひしがれる。

 
 
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  第十二章(1)・1