蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十二章 信なるもの(1)  
             
 
 

 ばらばらに行動すること。それによって大いなる危険が生じることを、ユーリ達はあらかじめ警戒していた。大きく三つの危機を想定し、対策を練る。
 一つは、ミクと合流する前に、ギノウによってテッドが葬られる、もしくは人質に取られる危険。もし、ギノウにそうする意志があったのなら、もっと早くに事を起こしたであろうから、可能性は限りなく低い。が、用心するにこしたことはない。アリエスの整備はまだ尾翼と右補助エンジンに不具合が残っていたが、主電源はすでに復活しており、機内のシステムに問題はなかった。よって万が一の際にはアリエスに閉じこもり、テッドは身を守ることにした。
 二つ目は、ミクに危害が及ぶ場合。ユーリ達からしてみれば、テッドではなく敢えてミクに戦いを挑むなど、無謀な策もいいところなのだが。ミクの戦闘能力の高さを知らない者にすれば、女の方が倒しやすいと思うのは自然だ。その場合は無論、ミク自身が存分に力を発揮すれば済む。ただし、敵に拘束しようという意志が見えた時は、敢えて抗わないことにした。無理に戦って怪我などをするより、次なる機会を待つ方がいい。アリエスを引き渡すようテッドと交渉するにせよ、都に戻って全てを王に報告するにせよ、相当な時間がかかる。
 テッドは、ギノウが離れた隙に、洞窟前を塞ぐつもりであった。その状態でアリエスの整備を済ませる。ミクによるシステムの最終チェックができないのは痛いが、一時的にでも船を動かせれば、形勢は変わる。アリエスに積んでいる武器はエルカバット砲で、射程も破壊力もエターナル号に比べると可愛いものだが。それでもこの国の者にとっては、想像を絶する驚異となるであろう。というより、船が空に浮かぶだけで、十分な衝撃を与えることができる。
 こうして、テッドとミクに降りかかるかもしれない危機に関しては、直ぐに対処法を見つけることができた。だが残るもう一つの危機に対する有効な手がなかなか見つからず、ユーリ達は苦労した。最も厄介な、そして最も警戒すべき危機は、都に残るユーリ達が狙われることだった。
 テッドの話によると、同行した二人の人足は、滝裏の洞窟には一度も入っていないとのことだった。珍しい薬草があったので、しばらくこの場所で観察、採取を続けるという作り話を信じ、滝壷の前で野宿を続けているらしい。滝の反対側を見上げた時に、木立の合間から覗き見える社で、寝泊りする案もあったようだが。レンエン宗華やかなりし頃とは違い、今は祠のようなものであること。何より、直ぐ側に建てられているように見えるが、実際は、いったん山の中腹まで戻り、別の小道から延々二時間ほど費やして登っていかなければならないことから、人足達は自ら滝の前を選んだ。
 あらかじめ食料は五日分ほどを持っていたので、今までは問題なくきた。テッドと、そして勇敢にもギノウが、アリエスに積まれていた地球産の食料で、食事を済ませたお蔭である。しかしとうとう残り少なくなり、今日、つまりは昨日、人足達を一度村に返したのだという。食べ物を調達し、また山に登ってくるように、そうギノウが言い渡した。
 もし人足達が、言われた通りに行動をして山に帰ってくるのなら、何も問題はない。だが、村に戻った際、誰かに言伝を頼んだとしたら。ヤスゼ山に訝しき物ありと、王に急ぎ伝えるよう伝言するようなことがあれば。一番身の安全が怪しくなるのは、ユーリ達となる。
 もちろん、人足達はアリエスをその目で見ていない。彼らがそう行動するためには、ギノウの指示が必要となる。王子の人となり、日頃の言動からして、そのような事態を想像するのは疑心が過ぎるようにも思うのだが。常に、最悪のケースを想定すべきというミクの言葉に、逆らう理由もなかった。
 対策を考える。先手を取られるわけにはいかない。ユーリ一人なら何とでもなろうが、サナとティトを連れた状態で戦うわけにはいかない。動くのは、相手が仕掛ける前。ウル国第二王子の言葉を王に伝えるべく、オサノガセ村からの使者が都に到着する五日後の夜。その直前に、都を離れる必要がある。
 五日後といえば、確かウタタメの祭りがある日では?
 最初にミクが、そう切り出した。
 ウタタメの祭りとは、地球でいうところの春分に当る日に行われるウル国の祭りで、なかなか盛大なものらしい。シャン国王夫妻の長きに渡る滞在も、この祭りを見物してからの帰国と相成ったためだ。その日は当然ユーリ達も、様々な行事の見物に追われるであろう。が、それは他の人々も同様で、案外隙ができやすいかもしれない。密かに城を抜け出すとしたら、その時しかない。
 結局当日、テッドもしくはミクからの最終連絡を待って、ユーリ達は行動することとなった。もしギノウ達の動きに疑惑がないようであれば、そのまま城に止まる。意味もなく抜け出せば、かえって後々問題となるため、動向は慎重に見極めなければならない。心配なのは、果たしてそれを見極めきれるかであるが、テッドいわく、ギノウはともかくあの人足達なら、ちょっと脅せば素直に喋るだろうということで落ち着いた。仮に、テッドの脅しがきかなくても、ミクの目がある。彼女なら、どんな些細な異変も見落とすことはないだろう。
 こうして、三つの危機に関する対策会議は終わった。とにかく密に連絡を取り合うこと、という確認を互いにしたところで、パルコムを切った。そのパルコムが、今は小さな池の底にあるのだ。

 
 
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  第十二章(1)・3