蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十二章 信なるもの(1)  
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 早まった行動を取らなければいいが。
 表情を曇らせたまま、胸の内で呟く。
 池の中に沈んだパルコムで通信することは叶わないが、発信機能はまだ残している。つまり、ユーリのパルコムが今どこにあるのか、テッドとミクは知ることができるのだ。座標の誤差は、わずかに一メートル。庭の造りを思い出してもらえれば、この突拍子もない事態を想像することも可能かもしれない。少なくとも、例えば牢に囚われれたなどとの、誤解をせずに済むかもしれない。
 いや、でも……。
 ユーリの腰が浮き上がる。
 やはり、連絡が取れなくなるのはまずい。できるだけ早く、パルコムを――。
 そう思い、立ち上がりかけたユーリの動作がぴたりと止まる。耳に聞こえる足音に、腰を戻してティトを振り返る。
「朝ご飯の時間だよ」
 笑みを浮かべ、言い終わってから表情を変える。
 足音がいつもと、
 廊下に面した紙戸を見やる。
 違う?
「失礼」
 遠慮なく、声と同時に紙戸が開けられた。いつも身の回りの世話をしてくれる者達であれば、返事を待たずに開けるようなことはしない。仮にササノエやキゼノサタといった、上級家臣であっても同じだろう。
 こんな行為が許されるのは。
 姿を確かめるより早く、姿勢を正す。軽く、頭を下げる。
「朝早くから申し訳ない」
 しっかりと腹から出された声が、豊かに響く。
「急ぎ、貴殿にお頼みしたいことがあって参った」
「頼みとは――」
 下げていた頭を上げ、ユーリは目の前にどかりと胡座をかいたウル国王を見た。いつも通り、表情に裏はない。構えた心を少し緩めて、ユーリは続きの言葉を吐いた。
「いかなる?」
「うむ、実はのう」
 すっと右手を伸ばし、王は傍らで固まっていたティトの髪をくしゃりと撫でた。
「ユイヤヅキのコウイツ。つまり今日より四日後に、ウタタメの祭りが行われることは、貴殿ももう御存知であろうが」
「はい、以前に話して頂きました。春の訪れを祝うと同時に、ウル国を守護する天神に、今現在の繁栄を感謝し、なおいっそうの発展を改めて誓う祭りであると。当日はアカゾノ殿にて楽と舞を奉納し、その後、ウル国一、二を争う武芸の達人による模範試合が行われるとも」
「そう、それなんだがな」
 膝を揺らして、ウル国王がにじり寄る。
「今年はせっかく素晴らしい客人に恵まれたゆえ、ぜひ見物だけではなく参加して頂きたいと思うてな。名高きキーナスの騎士の技が見られるとなれば、我が天神もお喜びになられよう。対するミオウ殿の腕も、なかなかのものゆえ――」
「――ミオウ殿?」
 驚きのあまり、話の途中で口を挟んでしまった失態に気付かぬまま、ユーリは続けた。
「私が――模範試合に。しかも、シャン国王様と対戦を?」
「うむ、そうだ」
 無礼を咎めることなくウル国王が言う。
「それほど難しく、お考えにならずとも良い。別に真剣で勝負するわけではない。お二方には木刀に飾り布を巻きつけた、儀式用の剣を使って頂く。人はおろか、オコゴロ一つ切れぬ代物よ」
 オコという小さな豆を煮込み、その汁を固めることによってできる、口当たりの極めて柔らかな食材を引き合いに出して、王が笑う。
「型に少々細かな決まりがあるゆえ、心得のないキーナスの騎士殿には不利となるが。そこはそれ、祭りということで、受けて下さるな」
「はあ」
 断る理由が見つからない。ユーリは再び頭を下げた。
「私でよければ、お受け致したく思います」
「そうか、そうか、ようお受け下さった。これで今年のウタタメの祭りは、大いに盛り上がることであろう。当日は、貴殿らがご帰国の折りに良い土産話となるよう、我が国の威信にかけて盛大な宴も催すゆえ。そちらも十分に楽しんで下され。では」
 言葉が終わると同時に風が起る。入ってきた時と同じ勢いで、ウル国王が立ち去る。
 しっかりとした足音が遠ざかるの耳にしながら、ユーリの表情が締まる。
 参ったな。
「祭りって、どんな祭りだ? おいらも行くぞ。祭りに行くぞ!」
 やっと涙目から解放されたティトの姿に、ユーリはなおも心の中で溜息をつき続けた。

 

 
 
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