蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十二章 信なるもの(2)  
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      二  

 テッドは、高さ三センチほどの小さな楔形の物体を手に取り、それを洞窟の入り口に置いた。足元に三つ、さらに二つを、入り口から少し離れた左右に置く。これで洞窟の周囲、半径十メートルほどの範囲はカバーできる。もっとも、この銀色の物体は単なる熱センサーなので、侵入者を阻む力はない。近付く者があれば、金属的な高いトーンで警戒音を発するだけの代物だ。
 そこでテッドは、もう少しだけ装置に工夫を加えた。センサーと連動し、船内スピーカーからも大きな音を発生させるようセットする。高いよりは低い方が迫力があるだろうとの判断で、およそ120ヘルツのノイズ音を断続的に流す。音量は100ホンもあれば十分か。要するに、洞窟内に入ろうとする者を大きな音で脅かす、という極めて単純な仕掛けを施す。
 仕組みが分かれば、なんということはないが。神秘の滝の未知なる洞窟の奥から、今まで聞いたことのないジェット機が飛ぶような音が流れてくれば、どんな豪傑であれ、数分ほど足が止まるだろう。まずはアリエスを死守する。それが、ミクと交わした最後の約束だった。状況によっては自分を切り捨ててもらって結構、自動システムチェックだけで飛び立つのは少々心許ないが、機体整備が終わり次第、ユーリ達と合流するように。とやや早口で結論をまとめ、昨夜、いや、厳密にいえば今朝方だが、通信は切られた。
 異存はない。もちろん、どのような事態に陥っても切り抜け、打破するつもりではあるが。日ごろミクが口癖のようにいう、「世に絶対などない。ゆえに想像し得る限りの最悪に備えるべき」という考えを、否定するつもりはない。ただその多くが、人に対するものであるだけに、複雑な思いがある。どこまで人を信じるのか、信じきれるのか。そういう心の部分に関わるだけに、単純な割り切りが難しくなる。
 どれほど優れた人間であっても、失敗はある。それは認める。だが、今回の疑心は過失ではなく、その者自身に信を置けるか否かを問題としている。もし、自分達に危機が訪れるとしたら、それはギノウによる裏切りがあって初めて為せることだ。もっともこの場合、裏切りという表現は適切でないかもしれない。むしろ今の状態が、ウル国にしてみれば裏切り行為であるといえるだろう。
 人を斬るのが怖いのか? 
 物珍しげにアリエスを見物するギノウに向って、テッドはそんな質問をぶつけた。すると彼は笑って、
「ええ、とても怖いですよ。でも、あなたもそうでしょう? 後、他のみなさんも」
 と返してきた。だから、俺達を信用したのか――とまでは質問しなかったが、恐らくそういう心理が少なからず影響しているのだろうとは思った。物に惑わされず、状況のみに囚われず、人を見て、彼は信頼を示した。百パーセントではないだろうが、少なくとも自分達よりは多く、相手を信じた。
 疑い出したらきりがない。
 と、テッドなどは思う。面と向ってミクを論破する自信はないが、心底思う。さらに言えば、信じる心が相手の信頼をより強くするということも、あるように思っている。もちろん、逆の作用も。唐突な裏切り、というのも確かにあろうが、自分の中にある不信が自然と相手に伝わり、互いの心が離れていくという方が、遥かに多いように思う。
 ゆえに、これは。
 テッドはパルコムを見つめた。
 ギノウは恐らく、関係ない。今日もあちらこちらに引っ張り回されているはずのユーリが、ずっと一箇所に止まり続けていることに。しかも、部屋より少しずれた位置で。
 テッドは眉間に皺を寄せた。
 庭――だよな、この位置は。ちょうど池のあるところ。あの池の後ろは目隠しを兼ねた小さな林になっていて、別棟の庭に続いていたから、どこかに閉じ込められたってわけじゃないだろうし。まさか、安っぽいミステリーよろしく、池に沈んでますなんてことは――。
「いくらなんでも、あり得ねえよなあ」
 首を傾げながらの自分の声に、テッドは肩をすくめた。
 ここは、パルコム自体に故障があったと考えるべきであろう。最悪の事態ではないにせよ、状況は深刻だ。どう対処するか。物に頼ることは、もうできない。となると、人に頼るしかない。人を信じるしかない。
「さて、ミクはどう出るか」
 テッドはパルコムに映し出された別の光点に、視線を強く置いた。すでに光点はオサノガセ村を離れ、オロンジの滝に向っている。ギノウとは無事対面を済ませたようだ。ユーリの異常については、まだ連絡を取り合っていないが。ミクのことだ、チェックは入れているだろう。何事もなくこちらに進んでいるところをみると、全てはアリエスの下に着いてからと考えているらしい。
 できればミク同様、ギノウも気持ち良く、この場所に迎えたいものだ。
 楔形の警報機を手の中で遊ばせながら、テッドは祈るように心の内で呟いた。

 

 
 
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  第十二章(2)