蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十三章 祭礼(3)  
             
 
 

 静寂の中、ユーリは白砂に深く足を沈ませた。ゆっくりと所定の位置に向う。審判を挟んで東にシャン国王、西にユーリ。夜の冷気を底に溜めこんだ砂が、一歩進む度に足裏を清め、全身を刺激する。身が一層、引き締まる。
 わさりと白装束の袂を翻し、審判が両腕を広げた。対面する位置で、ユーリとシャン国王が一礼をする。利き腕だけで剣を持ち、それを胸元で水平に寝かせる。正位と呼ばれる構えで、互いに睨み合う。
 審判の左手が下がり、右手が前に伸びた。遠く霞み見える山々にまで届くかのような声が、放たれる。
「始め!」
 その声が空を漂う間に、次の声が被さる。
「一手! ユーリ・ファン」
 一時の沈黙の後、どうっと歓声が起る。
 先手必勝とばかりに、ユーリは合図と共にミオウの懐に飛び込んだ。三本勝負の一本目。ここは相手の力量を測るため、慎重に探り合いながらの太刀合わせが常套であろうが。とにかく一本さえ取れば、キーナスの騎士としての面目は立つとユーリは考え、勝負に出た。
 構えた剣を後ろに引き、逆に体を前に出す。胴払いを目論み、ダッシュする。その動きに、シャン国王も即座に反応する。左足を内に寄せながら引き、右手にある剣を返す。正面から来るユーリに対し、体を斜めにして的を狭め、柄を上に、先を地に向けた剣で防御する。
 すっとユーリの体が、ミオウの右脇を過ぎた。狙いは最初からそこだった。一瞬で、背後を取る。並みの相手なら、後はその背を見据えつつ、空いている左の胴を打ち据えれば決まるであろう。しかしユーリは、とっさにそれでは駄目だと判断し、身を翻した。駆け抜けた勢いのまま、体をくるりと左回転させる。振り向き様に、ミオウの右胴を払う。後ろの敵に対処しようと、剣の盾がぶれることを見越して鋭く打ち込む。
「一手! ユーリ・ファン」
 ユーリは見事に一本を取った。しかし決まり手は、右の胴払いではなく左の胴払いであった。ユーリの読み、そして動きを正確に見切ったミオウが、同じようにくるりと身を返したのだ。剣を下段に構えた状態で、体を左回りに回転させる。打ち込んでくるユーリの剣の根元、朱色の篭手を下から掬い上げんと、剣先を返す。だが、ほんの少しの差で、ユーリの剣が先にミオウの胴を打ったのだ。
 果たして、その全てを見切った者が、何人いるのか。見物人のほとんどは、二人がまるで申し合わせたかのように、同時にひらりと半身を返しただけに見えたであろう。鳥のように、蝶のように、ある種、舞のように。白い内衣の袂をばさりとはためかせる様を、あっけにとられて眺めていたに違いない。
 危なかった。
 定位置に戻り、二本目に備えながらユーリは思った。
 やはり、かなりの腕だ。打ち合いになれば――。
 対面し、一礼をする。審判が先ほどと同じ動きで、ゆるゆると右手を前に伸ばす。
 加減することなどできない。
「始め!」
 軽くユーリが左にステップを踏む。一本目と同じ手は、もう通じない。間合いを取り、徐々に詰め、剣先を数度合わせたところで、今度は敵を逆に呼び込む。打ち込んできたその瞬間、再び胴払いが決まればよし、駄目ならそのまま相手に打たせる。強く踏み込んでの激しい打ち合いとなれば、お互い青痣は覚悟しなければならない。痣程度ならまだいいが、下手をすると、笑い事では済まぬ怪我を負う羽目になるかもしれない。負わすにしろ、負わされるにしろ、それは避けたい。
 つつっと、ユーリは斜め前方に歩みを進めた。左端の境界線から、一メートルほど残したところで足を止める。まるで鏡のように、ユーリの動きに合わせたミオウとの距離は、大きく五歩。相手の剣は、まだ遠い。
 ぴったりと剣先をミオウに向ける。右足を半歩前に出し、軽く仕掛ける。
 強い衝撃が剣を通し、腕を打った。互いの剣先が触れ合う位置まで、じりじりと間合いを詰めて行こうとした矢先、ミオウが飛び込んできた。一本目とはちょうど逆。無論、そうなる可能性も予期していた。ただそのスピードと力が、ユーリの予想を遥かに超えていたのだ。

 
 
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