蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十三章 祭礼(3)  
             
 
 

 無様なほど大きく、ユーリの剣が右に弾かれる。手から離れることがなかったのは、奇跡と言っていい。しかしそれで、ユーリの胴は完全に空いてしまった。狙い澄ましたように、ミオウの剣がそこに入る。
 びしりと高く響いた音が、ユーリの腹を覆う朱色の胴当てであれば、予期した展開と違いはしたものの、望む結果であったのだが。ユーリは反射的に身を引いてしまった。大きく弾かれた瞬間、体中の全神経が次の一手に備えた。子供の頃より慣れ親しんだ、夢中で稽古に励んだ経験が、頭の隅にあった思惑を吹き飛ばす。
 風切るように返されたユーリの剣が、ミオウの剣とがしりと組み合う。ぎりぎりと鍔を迫り合う、力比べとなる。ミオウが勝る。そのまま押し切られるのを嫌い、ユーリが動く。
 体ごと剣を引く。真後ろではなく、斜めに下がる。両者の体がずれることによって生じたわずかな隙間で、素早く剣を翻す。
「はっ!」
 ユーリの声が鋭く響く。
 左の篭手を狙い、剣で阻まれ、肩を狙われ、それを打ち落とし、胴を狙い、横にかわされ、沈んだ位置から胸元目掛けて突き出された剣を、右に避けながら叩く。
 その間、たった三秒。再び剣を絡めて睨み合う。
 ほうっと長い息が、二人の口から同時に漏れた。重ねた剣の合間に覗く、互いの顔の一点を強く見据える。共に黒い瞳の奥で、ちかりと雷光のような煌きが走るのを見る。
 一つ。
 二つ。
 三つ。
 大きく肩で息をした後、今度は先にミオウが動いた。引くのではなく、押して間合いを作る。右に寝かせた剣で、そのままユーリの左胴を払おうとする。
 飛び退いて避けるのは無理と判断し、ユーリはそれを上から叩こうとした。が、すっとその対象が内に引かれる。ユーリの腹を掠めるように過ぎり、逆に抜ける。大きく振り被った姿勢から左に強く剣を振り下ろした、その体勢の隙を衝かれる。無防備の右胴が狙われる。
 ユーリは懸命に身をよじった。体を捻りながら、剣を返す。くるりと半回転させる形で跳ね上げる。ミオウの剣に、それが辛うじて当る。
 敵の刃がふわりと弾かれた。しかし、手応えは弱い。つまり、弾かれたのではなく、引いたのだ。それが証拠にその剣は、極めて小さな動きの中で切り替えされた。鋭く、強く、再びユーリの胴を狙う。
 かわすことは、できない。
 剣で払うのも、間に合わない。
 残るは先に。
 ユーリの剣が、上段から真っ直ぐに振り下ろされる。ミオウの額目掛けて――、
 あっ。
「二手、ミオウ・カザノサ」
 高らかに審判の声が鳴った。深く踏み込む形でユーリの胴を打ち据えたミオウが、ちょうど真横に立つ。長い王の黒髪が柔らかく靡き、ユーリの頬をくすぐる。耳に、音を残す。
「全力で、お相手願いたい」
 ミオウの体が後ろに下がる。互いの視線が交わったところで、さらに囁く。
「このような手加減、無礼であろう」
 底の見えぬミオウの目が、一度伏せられ、冷えてユーリを見下ろした。しなやかに背を向けるその際まで、鋭い眼差しをユーリに残す。
 手加減、と咎められるほど、気を抜いた覚えはない。
 悠然と所定の位置に戻るシャン国王の後姿を見据えながら、ユーリは息を吐いた。
 だが、最後の一撃、反射的に振り下ろした太刀筋に修正を施そうとしたため、ほんの少しばかりスピードが落ちた。額、ではなく肩。そこを打ち据えようとして、一瞬だけ剣が止まった。コンマ一秒、あるいはそれ以下。些細な迷いだった。それが、勝負の分かれ道となったかどうかも、分からぬくらいに。
 手加減など、したつもりはない。
 三度、対面する位置で一礼をしながら、ユーリは思った。
 自分は全力を尽くした。ただし、ルールの中で。この儀式における制約の中で。それでは足りぬというのなら、後は自分のルールに従うしかない。今までに培ってきた全てを出せというなら、そうするしかない。
 審判の腕が、水平に上がる。右腕だけが、静かに前へ翳される。

 
 
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  第十三章(3)・3